軽戦士/追放冒険者/吟遊詩人狂のニック 1
4人分の序章(一人2~3話ずつ)が終わった後に、冒険ストーリーが展開する予定です。追放パートが苦手な方は「ここまでのあらすじ」から御覧ください。
◆軽戦士/追放冒険者/吟遊詩人狂のニック
「ニック……お前はもう、俺達のパーティには要らん」
冒険者パーティーは家族だ。
先輩は新人に厳しく接するかわりに冒険のイロハを教える。
新人はそれを横暴に感じるときがあっても、先輩の言葉に忠実に応える。
リーダーは父の如く常に全員を見守り、導かねばならない。
そしてメンバーは子のように忠義を尽くす。
これが迷宮都市の冒険者達のあるべき理想であり、伝統だ。
「……ちっ、そうかよ」
クソだな。
ニックは、常々そう思っていた。
ここはディネーズ聖王国、迷宮都市テラネ。
数多くの迷宮に囲まれる魔境であると同時に、十万人以上の人間が集う歓楽街だ。
その迷宮都市のとある宿に、冒険者パーティー【武芸百般】は滞在していた。
武芸百般のリーダー、アルガスは、パーティー全員で宿での晩餐を終えた後、ニックだけを食堂のテーブルに残した。
そして二人だけになったとき、ニックはアルガスから別れを告げられた。
「ああ、もう出て行ってほしい。……なんでか聞きたいか」
赤い髪を角刈りにした鬼のような風貌のアルガスの言葉は重かった。
だがニックは、別にちっとも怖いなど思わなかった。
アルガスが誰よりも優しく、そして甘い男であることを知っていたから。
だからニックは怖さではなく、ただ寂しさと落胆を感じていた。
「当たり前だ、ちゃんと説明するもんだろ」
そうニックが言うと、アルガスが舌打ちしつつ、
「そういうところだ」
と言った。
「はっきり言ってくれよ、アルガス」
「じゃあ言うがよ。お前はいちいち細かいんだ。
冒険者ってのはそういうもんじゃねえだろう。
言葉にしなくても、気持ちが伝わるってのが仲間だ」
「……そうかもしれねえな」
「仲間と冒険するにしても、物を売り買いするにしても、お前は気持ちよりも言葉を優先する。相手の気分が悪くなってるのにも関わらずだ」
「そりゃ、ぼったくられそうなら文句くらい言うだろ!
冒険者が迷宮で戦うように、商人ってのは商談で戦うもんじゃねえのか!」
「俺達が戦う相手は迷宮に棲む魔物だ。人間は、味方だ」
「アルガス、あんたは商人を信用し過ぎてるんだ。この間だって……」
「ニック、その話を聞くつもりは俺はねえ。
それに他の連中だってお前の言い方には辟易してるんだ」
「ガロッソのことか」
それはニック達と同じ【武芸百般】に所属する仲間の名前だった。
「ああ」
「仕方ないだろ! あいつ、女のために勝手にパーティの財布から金を持ち出して、その女に騙されて……一度くらいならともかく、もう何度目だよ! こっちがガロッソを泥棒で訴えたって勝てるんだぞ!」
「それでもあいつは頼りになる」
「そりゃあいつは強いさ! カタナの使い手としちゃ天下一品だ!
でもそれで許してたら何も残らねえじゃねえか!
わざわざ危険な冒険する意味がねえよ!」
「冒険する意味はある! お前だって入れあげた女くらいいるだろう!」
「いるけどそれでカネを勝手に持ち出さねえよ! 別問題だ!」
「だからお前は冒険者らしくねえんだ!」
だん! とアルガスはテーブルを叩いた。
木のコップに注がれた酒がこぼれそうになるのをニックは手で支えた。
ニックは、自分が悪いとはまったく思っていない。
言い分があった。
冒険者パーティー【武芸百般】は全員ズボラだ。
アルガスは冒険者らしさを見せつけるため、冒険に成功した日は考え無しに人におごりまくる。
さらに酒場や宿屋の店員、いろんな商人にチップを弾む。
いつ死ぬともわからない商売だ、他人に恩を売って損はしないと言って。
だがニックは、利益の範囲内でやるべきだとアルガスに何度も言っていた。
たとえば迷宮で宝物を手に入れたり、名付きの魔物を倒したりして大金を手にしても、それでめでたしめでたし、ではない。
消耗した薬草を買って、武具を手入れして、報酬を皆に分配する必要がある。
そうして最後に残ったカネ……純粋な利益を見定めねばならない。
だが、アルガス達は金勘定そっちのけで大盤振る舞いする。
これ以上はダメだ、儲けが出ないとニックが言っても、アルガスは止めなかった。
それどころか、「冒険者がそんなケチじゃダメだ」と言うばかりだ。
それで結局、商人からカネを借りる羽目になる。
「だから、お前はもう冒険者なんて辞めろ。今ならお前のことも見逃してやる」
「見逃す? 何のことだ?」
「……サイフから金を持ち出したのはお前なんじゃないのか?」
「はあっ!?」
その言葉は、流石にニックにとってショックだった。
最近は衝突も多かったが、ニックは決してアルガスを嫌っていなかった。
特技も何もない無力な子供のニックをいっぱしの冒険者に育てたのはアルガスだ。
ニックにとって強いリーダーであり、師匠だ。
なんだかんだ言って恩もある。尊敬している。
だからこそニックは、あえて厳しい言葉も言ったつもりだ。
そんなニックの思いが、砕けようとしていた。
「ガロッソも、ディーンも、ベリクも、お前がやったと言っている」
アルガスは、ここに居ない仲間の名前を挙げた。
「ま、待てよ! それを信じるのかよ!?
俺は博打も酒も女も溺れちゃいねえぞ!?
だいたいパーティのサイフは俺が管理してたんだぞ!
どういうふうに金が出入りしたか全部きっちり説明できる!」
他のメンバーの金遣いも、杜撰だった。
ガロッソは女に騙されることがしょっちゅうだ。
ディーンとベリクは博打好きで生活がだらしない。
パーティーのための金をせびられたことが何度もある。
それゆえに、ニックは金の扱いについてひどく慎重になった。
自分の金の使い道もパーティーの資金の出し入れも、すべてを説明できる。
ニックは自分への疑いを自信満々に否定した。
「……そうじゃねえ、そうじゃねえよニック」
しかしアルガスは、悲しそうに首を横に振った。
「な、なんだよ……なんだってんだよ」
「俺が聞きたかった言葉はな。
『俺を信じてくれ』か『俺が悪かった』の二つに一つだったんだ、ニック」
「……そりゃ何も言ってないのと同じだろ」
ニックは呆れて、怒鳴り声すら出せなかった。
「いいや、違う。
冒険者ってのは腕っぷししか自慢できないヤクザ者ばっかりだ。
弁が立つ、計算ができる、文章も書ける。
そういう奴は……カタギの仕事をするもんだ。
頭が良くて腕も立つなら、どこぞの貴族に仕えて騎士様にでもなって、
立身出世すりゃあ良い」
「ふざけんな! 冒険者でそれくらいできる奴なんざ幾らでもいるじゃねえか!
それとも頭が良くっちゃ冒険者やっちゃいけねえのかよ!」
「少なくとも、俺のパーティにはいらん。はっきり言って邪魔だ」
ニックはもはや、何も言えなかった。
これまで、アルガスに恩を返すために頑張ってきたというのに。
アルガスが、俺達が一流のパーティになるため、毎日努力してきたってのに。
ニックは、あまり冒険者向きの体ではない。
背丈は普通だが体は細い。
魔力も乏しく、実戦に使える魔法は使えない。
それでも、そのへんの生ぬるい冒険者に劣るつもりはないとニックは自負しているが、同じパーティーの熟練の戦士達に比べればどうしても見劣りする。
それでも手先の器用さと記憶力だけは自身があった。
だからそれを活かそうと、いろんなことを磨いたつもりだった。
丸太のような太い腕がなくても身につけられる武器術。
自分より体の大きい奴にケンカで勝つ方法。
罠の解除方法。
迷宮に出る魔物の知識。
迷宮で迷ったときの対処。
武器防具の手入れ。
迷宮の宝物の目利き。
文字の読み書きと計算。
帳簿の付け方。
商人との交渉。
一つ一つは細かいことだ。
でも、役立ってたはずだ。
そのニックの努力と自信は、すべて否定された。
「……俺よりもガロッソ達の三馬鹿を取るってのか」
「そうだ。ガロッソ達は冒険者を続けなきゃ生きていけねえ。
だがニック、手前は別にそういうことはない。
なろうと思えば商人にだってなれる。
冒険者ギルドの職員にだってなれるだろうさ。
だからどっちが事実だとか、どっちが法律として正しいとか、
そういう話をするつもりはねえ」
「そうかい」
ニックは、アルガスが好きだった。
兄や父のように慕っていた。
それも、ここまでだった。
「そういうことなら、俺もこのパーティーに用はねえ」
ニックが立ち上がって宿から出ていくとき、アルガスは「達者でな」と言葉を投げかけた。
ニックは、何も答えずに宿を後にした。
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