第一章3 転生2
優希は、女性に触られても大丈夫な体を手に入れるために、栗色の腹筋少女から教えてもらったトレーニング方法で、丈夫な体を手に入れていた。
百メートルを走れば一秒立たずに走りきり、反復横跳びは一分間に六千回は余裕で出来る。
ダンクローリーだろうがアスファルトだろうが、パンチを繰り出せばミキサーで掻き混ぜた後のように粉々に砕け散る。
優希は、土式トレーニングの効果でとんでもない身体能力を得ていたはずだ。
それなのに、死因がタンクローリーに潰されたということが信じられない。
「きっとあの女性たちも女神なんだろうな。普通、筋トレしただけで空を走ることはできないと思うんだ」
そんな常人離れしたトレーニングをしても女性に触れることはできなかった優希は、どうしても死因を信じることができない。
「まあ、タンクローリー相手に平然と生きていて、工事のおっちゃんたちや周囲の人達に驚かれていたんですけど」
「死因は別なのかい!!!」
「ええ、タンクローリーに潰されたあなたはタンクローリーを潰し返して、いつものようにメイド喫茶にご来店なされましたよ?」
「死因ではないことを、長々話すディーネたん萌えぇぇぇ、ぐへへっ」
「そのだらしない顔を止めてください。抱き着きますよ?」
「むしろwelcomeなんですけど?」
「そうですか?あなたが私に抱き着いたことでぽっくり逝っちゃったので、本能で避けると思ったんですけどね?」
「むしろ覚えていたかったあああ!!!今からでも記憶蘇らない?ディーネちゃんに抱き着いた記憶が一つもありませんことよ!?」
死因はディーネに抱き着いたことによる心臓麻痺。
優希は、納得した。
(女性に触れるだけでドキドキが止まらない僕だけど、きっと覚悟を決めて抱き着いて、僕の元に来いとか言ったに違いない!)
実のところ、悪酔いした結果、ドキドキしていたことに気がつかず、欲望のまま女性の体を触ってポックリ逝ってしまったのだが、優希は都合よく記憶を変換した。
覚えていたかったと嘆く優希。
そんな優希に対して、ディーネはそっと優希の体を包みこんだ。
「これで諦めてください」
いつもの優希なら同時に意識は途絶えるだろう。
しかし、今は、止まっているはずの心臓がドキドキしても意識は途切れない。それどころか体全体に柔らかさと温かさが伝わってくることに、打ち震えていた。
優希は幸せの絶頂に浸る。
「意識が残るってこんなに幸せなんですね」
「ええ。本来であれば、女性に触ることも出来ました。本来であれば起こらないものでした。」
「今までのことはもういいです。こうして触れることができますし。それにここにまだいることができるということは何かしらの理由がありそうですしね」
「ええ、伝えなければいけないことをお伝えします。貴方の魂は、異世界の魔王と一体化しています。魔王の凶暴性と優希の優しさで、女性を大切にするために気絶して暴力を振るわないようにしていました」
ディーネから告げられたのは、優希は魔王であることだった。
幸せな気持ちに浸っていた優希に雷が落ちる。
「え?僕、魔王だったの?」
言葉では戸惑いがあった優希は、しかし思い起こしてみると欲望のままに破壊したくなる気持ちに困惑していた時期もあり、どこか納得するところがあった。
懐かしいぜ、中二病。
優希は、遠い目をしたくなった。
ディーネは、そんな優希の様子をみて目をつぶる。
「私たち神々は、魔王の魂を追って、あらゆる世界に潜入しました。ですが私のような神は、例外で探さなくてもいいことになっていました」
優希は不思議に思った。
魔王の魂が僕だといって、目の前に現れた女神はディーネたんだろう?
優希はディーネの言葉を遮るように尋ねる。
「それだったら、なんで魔王である僕の前にディーネたんが現れたんだ?」
優希の口は、ディーネの指で遮られた。
ディーネは、いったん息をはくと、迷うように言葉を選ぶ。
「……私のような神は、どうしても力が弱くなってしまいます。力がなくなると神の力は使うことができなくなるばかりか、存在の維持すらできなくなります。そうすると私はくびです。力が回復するまで自然と一体化するか、力の強い神様のもとで、働くことになります。そんなことは嫌だったので、信仰を集めて力をつけようとしました。ただそれがあの町だっただけです」
不本意ではなかった。
そう言いたげなディーネに対して、優希はこの出会いを運命だと感じた。
魔王の魂を探さなくていい女神がたまたま来た場所にいたなんてどんな確立だろうか。
「そんな理由で僕を見つけるなんて!僕とディーネたんは、運命の糸で結ばれているんだね!」
「ええ、メイド喫茶ライフを楽しもうとしていた時に、たまたま出会ったのが運命なら、そうなんでしょう」
優希は喜んだ。
ディーネは優しい眼差しで見つめ返してきた。
何とも言えないディーネの顔を見た優希は、同じことを思っていないことを感じとった。
「そ、そんな馬鹿な!?」
「私はびっくりしました。なんでこんな魔力のまの字もないような場所にいるのかと。そして同時にうれしかった。魔王を次ぐものがあなたのような優しい心を持って育っていることに」
ディーネは少し身を引いていた優希の手をとり、ぎゅっと包み込む。
優希が拗ねるように視線を横に流せば、ディーネはクスクスと笑う。
「僕は優しくありませんよ?」
「私が女神と知っても、普通に接する人は初めて見ました。ちょっとえっちで残念すぎる人ですが、二十年も一人の女性のために努力するあなたに引かれている女性は多かったと思いますよ」
「え?なにそれ、恥ずかしい。僕はディーネたん一筋だったのに、女性からはそんな目で見られていたのか???」
優希は、ディーネに振り向いてもらうのために、できる限りのことをしてきた。
その行動がキモイと同時にある意味魅力に感じる女性もいたようだが、優希は全く気がつかない。
今も気がつかず優希の頭の上には「?」が並ぶ
ディーネは、頭の上で「?」を量産する優希を見て、計画に支障はなさそうだ確信する。
「ふふっ。あなたの魂は魔王と一体化してしまっています。魂が格上だったことも関係しているかもしれません」
ディーネは優希の手を離し、立ち上がった。
ディーネの計画は、とある世界を維持する女神の助けとなる。
――魔王復活。
ディーネの計画は、魔王の復活だ。
計画を話してしまえば、いらぬことをしでかしてしまいそうな優希には、決して計画は話せない。
優しい気持ちを持ち、魔王の残酷さも持つ優希に、世界の混沌を任せるというとても重圧のある役割。
魔王の魂がさ迷ってから長い年月が経ち、ディーネたち女神が管轄していた世界は荒れ放題になっている。
ディーネは能天気なことを考えている優希に、加護を与えた。
「もっとあれこれ話していたいですが、もう時間です。魔王が本来いるべき世界に送ります。生まれ変わる世界は言わずとも分かるでしょう。魔王や勇者がいる世界なんですから、こちらの世界の言い方でいえば、ありきたりな剣と魔法の世界です。要望があれば、加護以外にも少しのことなら加えることができますが、どうしますか?」
「女性に触っても大丈夫な体でお願いします」
優希は、鼻の穴を膨らませて即答した。
ディーネの計画なんて知らない。
三十歳のおっさんが、ただ、人との温かさを求めたに過ぎない。
そのおっさんは、土の神が教えたトレーニングで肉体を鍛える方法を知っている。女神が認めるほどの残念な魔法使いになり、誰よりも人の痛みを知っている。
だからこそディーネは、優希を変態に育てた。
変態は目を欺くのに手っ取り早い。
ディーネの計画によって変態に育った優希は、むふふなことを想像する。
(だって、ディーネたんは女神だよ?本当は触れるのもおこがましい存在だ。生まれ変わるなら、女性とイチャイチャしたい!!!)
実に欲望に忠実である。
優希は鼻息の荒い呼吸を繰り返し、そんな様子を見たディーネは頭に手を当ててやれやれと首を振った。
ここまで変態だと、まず気がつかれないだろう。……なんでここまで変態に育ってしまったのだろうか。
ディーネは少し残念な気持ちを覚える。
「はあ。ここはディーネに触れられれば十分とか言ってくれればいいんですけどね。優希はそういう人でした」
「だったら、ディーネの本当の名前を教えてください」
優希は、ディーネの悲しげな顔を見て言い直した。
今までも見たことのない顔をさせたい。そんな男の気持ちを前面に押し出し、立ち上がる。
ディーネは、優希の思いがけない行動に戸惑い、本当に優希かと何度か見つめ返してしまった。
「……えっと。そんなことでよろしいのですか?」
ディーネは、少年の頃の優希の面影を見て、つい先ほどまで思っていたことを取りやめた。
((やはりあなたは、今も昔も変わらない。初めて会ったあの日から))
優希とディーネは同じことを思った。
女神の力を失い、下界に逃げた女神が魔王を見つけた。
魔王の力に翻弄されていた人の姿はもういない。
魔王の魂を引き継ぐ者は変態に育ち、おっさんになった。他の女神と出会い、転生後の世界でも十分に生きていける訓練方法を知らずのうちに学んだ。
いつの間にか一人の変態なおっさんになっていたが、優希の本質は全く変わらない。
欲望に忠実で、優しくて残酷な気持ちの持ち主。
優希は短くて長い沈黙に、短い音を響かせた。
「はい!」
優希は、ディーネの笑みに釣られて、子供のような笑顔を浮かべる。
子供のような無邪気な笑顔を見たディーネも笑顔で見送る。
「私の名前はウェンディ。貴方のこれからの人生に幸せがありますように」
優希は、ディーネの美しい姿を見ることができただけで胸がいっぱいになった。
「僕は一目見た時から、この人なら僕の心をどうにかできると思いました。そして、僕の顔を見るたびに悲しいそうで計画通りといいそうな顔をするあなたの本当の笑顔が見たかった。ウェンディの笑顔を見ることができて嬉しいです」
二人には伸長さがあり、おっさんの下から睨むかっこうになる女神。
時間の概念が女神と人とでは大きく違うため、気がついた時には二人の身長が逆転していた。
二人かほんの少しの間見つめ合っていると、優希の体は少しずつ透けてくる。
輪廻の輪に回収される時とは、また別の透け方。
記憶は消えない転生の方法。
「もう時間なんですね」
「ええ。私たちが用意した特別性の転生方法です。今度は女の子に触れても心臓麻痺が起こらない丈夫な体を用意しました」
「やったぜ!!!ウェンディ!!!行ってきます!!!」
「……いってらっしゃいませ。――私の勇者様。っふ、女性に触っても大『丈夫な体』を用意しました。丈夫な女性の体ですよ、っふ」
優希の言葉にびっくりしたウェンディは、女神らしい笑顔を浮かべた直後、悲しみのない真っ黒な笑顔を浮かべた。
優希は、ディーネの声を最後まで声が聞き取ることはできなかった。しかし、姿ははっきりと見え、いつもと言っている言葉が違うことが分かった。
(待っていろ!異世界!待っていろ!魔王ライフ!!!Enjoyしてやるわ!ふははは!ふははははは!!!……ふっ……ねえ、最後なんて言ったの?ねえディーネたん!?ディーネたんてばああああああああああああああああああああ!!!)
その場から体が消えると同時に、優希の意識は暗転した。