第一章30 メイド服と紅い石1
「おっし。始めるか」
太陽の陽ざしが東の空を明るく染め始めた時間。珍しく早起きをしたユウキは、教会の神殿である本堂から外れにある建物の中にいた。
建物全体が翡翠色で彩られ、窓も淡い色で染まっている。
風属性を表す色。
風の女神アウラを中心に風属性の女神像がたくさん並んでいた。
ユウキは一柱の女神像の前に来ると、用意してあった椅子に腰かけた。
本来は椅子すら置いていないその場所には一組の椅子と机が配置されている。その風景はまるで一つの空間だけ切り取ったような異質さがある。
ユウキは土魔法で湯呑を作りなおすと、その中に魔力の液体を入れて机の上に置いた。
「……………」
ユウキは無言のまま手を組むと、背筋を伸ばして魔力回路に魔力を満たしていく。
目は閉じられ、ユウキの体に魔力が溜まり、少しずつ空虚の中に消えていく。
「……っ……」
魔力は高まり、ユウキの髪がそよ風によって重力を逆らった。
空虚の中に魔力は消えていく。
空虚の中に入りきらない魔力が、神殿の中に溢れかえり、行き場を亡くした魔力が圧縮されガラスを通して光を放つ。
ユウキは閉じていた目をゆっくりと開いた。
瞳は翡翠色に輝いて、圧縮された魔力がユウキの体に還元されていく。
「……んっ……」
ユウキの魔法回路には、限界以上の魔力が流れ込む。身体の内側から悲鳴を上げる。
少しでも制御を間違えたら魔法は失敗し、ユウキの体吹き飛ぶことだろう。
魔力回路を鍛えると同時に、ウェンディ―に信仰を捧げ、己の魔力の最大値を上げる。狂人と思われてもなんら不思議ではない行動をユウキは躊躇なく続けていた。
ユウキには『丈夫な体』という技能がある。体に負担をかけても丈夫であるため行えるため、ユウキは毎日欠かさず行っていた。
メイド喫茶で戯言と聞き流していた魔力のトレーニング方法。
暴れ出しそうな魔力の塊を、ユウキは制御しきる。
ウェンディとのバイパスがはっきりとつながった瞬間、ユウキは口を開いた。
「神はいつも見つめていた」
たった一言。
ユウキははっきりとした言葉を紡ぐと、虚空に消えていたはずの魔力の一部がユウキの元に帰って来る。ユウキの魔力と分かるそれは、ユウキの魔力であってユウキの魔力ではない。
神の遣いとされる人為を越えうる力を秘めた何かは、翡翠色を中心にいくつもの色が混じり合った光となってユウキの体を覆い尽くす。
光は少しずつ吸収され、ユウキの体に納められていく。
ユウキがいつの間にか始めていた儀式。
神への信仰が見なおされるきっかけとなったユウキの行動は、今のところ神々からの加護を持っている人にしか効果がない。
しかし加護をもっているからといって、ユウキと同じことができるといわれれば、それはまた別の話だった。
「ぐふふっ、ディーネたん。今日も美しいよ!」
神の気配を感じとれば自然と頭を下げてしまうにもかかわらず、ユウキは頭を下げるどころか、神に対して不敬な言葉を口にした。
握っていた手は上にあげられて、体は不規則にくねくねしている。
ユウキが変態的な動きをしながら魔力を抑えていくと、部屋に飽和していた魔力は徐々にどこかに消えていき元の部屋に戻っていく。
元に戻ると飽和していた魔力が嘘のように消えていた。
ユウキはいつの上で脱力すると、机の上に倒れ込む。
「ふへえぇぇえ、もう魔力がないぜ」
ガラスの外は少し光を帯びていて、日が少し登った時間になっていた。
ユウキは、机の上に用意していた液体を飲みほして、再び机の上に身を投げ出す、
そのだらしなさは、つい数分前まで大量の魔力によって地響きを起こしていた人と同一人物と思えない。気絶しない程度の魔力を残したユウキは、身を支配する多幸感に身をまかせていた。
「ああ、ディーネたんと繋がっている感じ。この時間が最高だぜぇ」
部屋に残る魔力の残り香であるそよ風を身に浴びながら、体が回復していくのを待つ。
数分かはたまた数十分か。短いようで長く、長いようで短い。
ユウキにとって幸福で、唯一ウェンディと関わりが持てるその時間。ウェンディとバイパス的何かがはっきりと繋がっている時間の終わりが告げれられれば、ユウキは椅子から立ち上がる。
「あの娘が来てくれる頃は不定期だし、リーンが来るのは年に二回……………もうじきリーンが来る頃。ぐふふっ、ディーネたんのコスプレ衣装をプレゼントするんだ。着ている人には気がつかない透け機能がついたメイド服。ぐふふっ。どんなパンツ履いてきてくれるかな!あれ?なんでそれがお母さんの手にあるんだ?」
魔力探知で特製のメイド服の場所を確認したユウキは、同じ場所にソフィアの魔力があることに、とても嫌な予感がした。
ユウキは足早に神殿を後にすると、急いで家に戻るのであった。
…………………………
……………
「ユウキ、本当に分かっているのかしら?」
「すびませんでした」
ユウキは委縮するように身を小さくしていた。ユウキの隣には、なぜかリュウゼンも同じ姿をして身を小さくしている。
今朝方に教会で馬鹿みたいに魔力を発生させていた娘と国内最強の聖剣の男の姿ではなかった。
(ぐぬぬっ。まさかユウカが着て、お母さんの前に行ってしまうなんて……)
正座をして身を小さくしていることだけを見れば、反省しているように見えるかもしれないが、ユウキの内心は少しも反省していない。
いつかウェンディに着てもらおうと試行錯誤して作ったメイド服。着ている人には分からない透視機能。着用者の服を透視できるわけではなく、ある方法を使えば服が透けるすぐれもの。
ユウキが丹精込めて作った特製メイド服は、魔導映写機で撮った時のみ透けるメイド服だった。
ユウキは今度来る少女にその服を着せようとしていた。
見た目がウェンディを小さくした姿に似ているという理由だけで、ユウキはとても努力した。7歳の子供に着せるということもあり、最後に透けないように機能を再調整しようと、ベッドの上に置いていた。
ユウキは教会から戻ったら、最後の仕上げをしようと思っていた。
そのメイド服をユウカが着てしまっていた。
朝起こしに行った時に、部屋には誰もおらず、ベッドの上には完成してある服がある。
ユウキが制作している横で、着用方法を聞いていたユウカは試行錯誤の上どうにか試着した。ボタンのかけ間違えなどなく少し大きめなメイド服を着て、ユウカはソフィアの前に現れた。
愛娘がまさしく天使のように。
ソフィアは可愛い娘を見て頬を緩めた。
見た目は普通のメイド服。
幼女が着る分には胸元がさみしいが、誰が見てもメイド服だとわかる服。ユウキが見たことあるメイド服を参考にして、ユウキが持てる最大限の努力を用いて作った結晶。みただけで可愛いと思わせ年少者から高齢者まで着れそうなどこかおかしなメイド服。
そのメイド服をきたユウカはそれはそれは可愛かった。とても可愛かった。
ユウキは目を横に向けて、リュウゼンの手元にある魔導映写機に怒りをぶつける。
(ああ。可愛いとも。ボクがディーネたんのために作ったんだ。それは可愛いに決まっている!それをユウカが着たんだから可愛いに決まっているんだっ……ぐぬぬ、ぐぬぬぬっ……)
ユウキは反対側に目を向けて、何かを燃やしている炎に目を向けた。
(ああ、ボクも見たかったよ。ユウカの写真!)
ユウキの隣では、リュウゼンが身を小さくしていた。
(ああ、俺たちの天使っ)
娘のユウカが作った新作の服。ソフィアに着させても最高だと脳裏と写真に残そうと写真をたくさん撮った。そして気が付いていても撮り続けた。『うっひょおおおおお!何だこれは!』と何枚も写真を激写したことによって、ソフィアが異常に気がついたともいう。
もしも撮った写真が透けていることに気がついたのがリュウゼンだけなら、男心を刺激しただけで済んだかもしれない。しかしいずれソフィアは気がつくだろう。
ソフィアはユウキとリュウゼンの様子をみて、最期の一枚の写真を炎に近づけた。
「反省していないわね。二人とも」
「「……………」」
手に持っていたのはユウカの笑顔の写真。
黒と白を着順にされた服は、白の布だけ透け黒の布で隠された皮膚だけが隠れている。普通のメイド服とは程遠い。人前ではまず着ないようないかがわしい服が映った写真は炎に包まれ消えていく。
((ああああああああっ))
ユウキとリュウゼンは心の叫びをあげて写真を見つめた。
「リュウゼン」
「はい」
ユウカの写真を焼却したソフィアは、母親として牙をむいた。大事に育てて来た娘のあられもない姿を写真に残すのは頂けない。
「ユウキ」
「はい」
特製のメイド服を手に持っったソフィアは、母親としてユウキの前に立つ。幼くして倫理観を分かっていても、分かっていなかった思想をしっかりと教育する時がきた。
何かが始まる。
直感的に思ったユウキは額に汗を滲ませた。
「ユウキがメイド服を着てガメッシュたちに写真をいっぱい撮ってもらって写真集を販売するのと、今すぐ処分するとしたらどちらがいい?」
「今すぐ直してきます!はい!うわああああん、ボクの努力の結晶があああああ」
ユウキが目に涙を浮かべながら、ソフィアからメイド服を奪って家の中に戻る。
味のしなかった朝食を食べたことで、ある程度の魔力は回復していた。
ユウキが家の中に消えたその時、ガメッシュの声が聞こえてきた。
「おおい!リュウゼン!バザー御一行様がいらしたぞ!」
ユウキの騒がしい作業の音を聞いていたリュウゼンとソフィアの耳には、ガメッシュの声と複数の足跡が聞こえてくる。
「お客さんも来たみたいだから、リュウゼンももう正座しなくていいわよ」
「動きたくても痺れて動けん」
リュウゼンが手を着いて足のしびれを放散させていると、道の向こうから人影が現れた。
最果ての村に住んでいる人の半分はいそうなほどの大人数。統一された服を着て、各々が大きな荷物を背負っている。
村にはいない馬は馬車を曳き、屋根付きの二台の馬車が複数連なっている。
木々の影から最初に現れたのはガメッシュともう一人の男。その男の顔はリュウゼンと似たり寄ったりでどこか面影がある。リュウゼンと違うとことは身が整っていることと、顔立ちが少し幼いことだろうか。
翡翠色の短髪に翡翠色の瞳。
ガメッシュの横を歩いていたその男は、呆れたような声を上げた。
「何をやっているんだ兄さん」
「やあ、久しぶりだな、リュウイチ。見て分からないか?足がしびれて動けないんだ」
「いや、それは見て分かるけど、何で痺れることをしているんだ?」
兄弟の間に、静かな風が過ぎ去った。




