第一章10 穴掘りお兄さん
~穴堀お兄さん視点~
「おい、ユウキ。少しぐらい衣装を譲ったっていいだろうが」
俺は手を止めている間、ユウキとエルザのやり取りをみて思わず突っ込みを入れた。
楽しげにごっこ遊びをしているが、たった今横を通りすぎた脚圧によって後方にあった木が崩れ落ちる。
今の俺なら、ユウキたちの真似事はすぐにできる。
だがその程度では、足りない。
修行する探求心は十二分にあると思うが、木を切断する程度の力では足りない。
ユウキとエルザの無邪気な笑顔を見ていると、俺は幼馴染みの笑顔を思い出す。
俺が穴掘りお兄さんと呼ばれるようになった頃よりもっと昔。俺が穴掘りを始めるようになり、守るだけの力と強さが欲しいと思った頃。ちょうど今のユウキとエルザと同じ年頃。
俺の中にあった力が本当の意味で目覚めた時には、すべてが終わった後だった。あれは今から六年前。
……………
…………………………
『逃げて!』
『どうしたの、お母さん?何があったの?』
『いいから逃げなさい!』
どうして?言いつけ通り誰にも言いてないよ!だから……だから……
…………………………
……………
(ここは何処だ?)
「目が覚めたか、タクト。俺のことは覚えているか?覚えていても、覚えていなくても、これだけは分かってほしい。何があっても、これからは俺がタクトの父親だ」
目が覚めてまず襲ったのは、激痛だった。
見慣れない天井が目に映り、知らない部屋のベッドの上にいると気がついた俺は、起き上がろうとして身体中に激痛が襲った。
俺の身体は激痛が走っているようで、思うように動かない。
そして、俺を見下ろしているのは、母ちゃんと話していたおっさんの顔。
その顔は、俺とよく似ていて、実は親子とか、実は兄弟とか言われても信じてしまうそいそうなほど。
将来俺が年を取れば、そんな顔になるんだろうなとか思いつつ、俺はそのおっさんの横で体を起こそうとした。
「ぐあああああっ」
「おい!無理に体を動かすな!峠を越えたとはいえ、二カ月近く目を覚まさなかったんだ。回復魔法と点滴で体は維持されていたとはいえ、すぐに動くと体に悪い。まずは除菌からだ」
俺が身体を起こそうとすれば、俺の体は悲鳴を上げている。
喉はカラカラで、声を出したことで喉からも痛みが襲ってくる。
俺の身体を支えてくれたおっさんに触れられたところからも激痛が襲い、俺は改めてあの出来事が夢ではなかったと自覚した。
ただ茫然と眺めることしかできなかった。
辺りは炎に包まれて、周りにいる人々も炎に包まれる。
轟音が鳴り響き、次の瞬間には手をつないでいた女の子は黒い何かに変わっていた。
握っていたはずの女の子の手は崩れ落ち、肘から先にあるはずの顔は黒くドロリとしたものになって溶けていく。
何が起きていたか分からなかった。
呆然と、命が消えていくことを眺めていることしかできなかった。
その時は、絶望感が湧いてこなかった。ただ呆然とすることしかできなかった。
辺り一面、炎によって赤い大地に変貌し、俺だけが立っていた。
母さんにもらった防具を身につけていた俺だけが助かっていた。
助けてくれと手を伸ばして来た人は、皮膚から溶けて俺に届く前に形を無くした。
死にたくないと叫んだ人は、屈むようにして消えていった。
状況を理解した者、状況を理解できない者。
混乱によって、人々は逃げ惑い、人混みに襲われ、炎から逃げて。
炎の中に消えていった人は、何が起きたのか分かっていない顔をして、その命が燃え尽きた。
『お母さん!』
俺がそう叫んだ時には、ごめんなさいと言い残して、一本の武器を託された。
いつもと違った母さんが、武器を手に持ち群衆を率いて、炎の中に消えていく。
俺は、彼らの後ろ姿しか見ることができなかった。
遠くからみても分かる脅威に立ち向かって消えていった。
ダンジョン奥深くに封印されていたドラゴンが、火の国を火の海へと変えた。
俺は思い出した。
ただ逃げることしかできず、命からがら逃げ出すことしかできなかった。
「うう」
おっさんが俺の口の中を除菌している間、俺の脳裏には、炎に飲まれた町が清明によみがえる。
思い出した俺の目からは涙が零れ落ち、溢れる涙を止めることができない。
「何もできぎながっだっ」
「そうか」
たとえ力を得る方法を知っていても、力がなければ何もできない。
俺が守るよと言った女の子は、俺と手をつないだまま、灰すら残らず消えていった。
何もできなかったことが悔しい。
防具すら溶けて、息を吸う度に肺を焼かれて。
他国に逃げ切った俺は、全身火傷の状態であったけれど、俺だけが助かったんだと実感した。
全身に包帯を巻かれて、掌を見ても包帯が巻かれている。
他国に逃げ切った今になって、俺は喪失感と、何もできなかった悔しさが襲ってくる。
「どうじでっ」
「許せとは言わない。英雄になれとも言わない。だが俺はお前の母さんから、タクト、お前の命を預かった」
「……どう、して……どうしてなんだよ!母さんは、強い剣士だった!どうして、母さんだったんだ!どうして母さんが悪者扱いされないといけなかったんだ!」
最強の冒険者。最強の魔法剣士。
それが俺の母親で、国を支えた英雄。
英雄でありながら、裏切り者として炎の中に消えていった女戦士。
ドラゴンの封印を解いた極悪人。
「どうして」
俺の中で渦巻くものは、悔しさ。何もできなかった悔しさ。
何も知らなかった自分への情けなさ。
力を得る方法を知っていても、力がなければただの人。
「どうして」
みんなのために行動していたというのに、厄災が訪れれば手のひらがえしで批判した人々が許せない。
「どうして」
「疑問があれば、全て答えよう。一つ一つ答えよう。納得できるその時まで。それが賢者として父さんができることだ。道を踏み外しそうになったら必ず止めよう」
泣き崩れた俺を、おっさんが……いや、親父がずっと支えていてくれた。
俺は、その日、俺の中にあった力を手に入れた。手に入れるには遅すぎて、でももう二度と悔しい思いを繰り返さないように、俺は自分の技能を過信しないように決意した。
俺の技能は、他の人には絶対にない。
母さんには、他人に絶対に言うなといわれた唯一無二の固有技能。
――英知閲覧
概念があるものであれば、誰かしらがたどりついた方法や解となるものを見ることができる。
見るためには、同価値の物と等価交換する必要がある。
俺自身が知っているものであればあるほど、等価交換する際に必要な量は減る。
技能については不明な点が多いが、この三点は確かなことだ。
泣き終えた俺は、親父に願った。
「俺に力をくれ」
「力は自分自身しか得られない。それでも得たいというのなら、最大限、手伝おう」
俺は親父の手を取って、俺はその日、賢者の息子になった。
俺は、力が欲しい。
身を守り、一緒に居たい人を守るだけの力が欲しい。
そして、技能に振り回されて死してもなお、操られている女戦士を葬るだけの力を。
俺は、欲しい。
俺が親父の元に身を置き、辺境の村に引き籠ってから数年。
俺は力を得るために修行の日々を送った。
賢者の知識を吸収し、知識を解釈して『英知閲覧』で必要な代償が零のものだけ閲覧した。
知識を詰め込めるだけなら簡単だ。忘れないように本にしてまとめれば、ふと思った時に見直すこともできる。
論文を書いて、評価されたこともある。
しかし俺には、その知識を応用するための技量がなかった。経験がなかった。頭の柔軟性は特に固くて、実戦中に新たな閃きとかはまず無理だった。
十理解したらやっと一つできる程度の能力しかなかった。
実戦で使おうとしても、理想とはかけ離れている。
それでも俺は、身を護るだけの力としてドラゴンや悪魔を倒す力が欲しい。
理想を追い求めて、修行した。
本を読んで、武器を振るう。経験を積んで自分自身を育むために、冒険者になって魔物退治も行った。
拠点は辺境の村。
聖女様と神官長様までもが逃げてきた村。
俺が逃げてきたのは、一度目の炎。
聖女さまたちが逃げてきたのは、二度目の炎。
火の国は、ドラゴンの支配下に置かれ、人は住んでいけない炎の海となっている。
ドラゴンを倒すだけでは火の国に平和は訪れない。母さんが望んでいた平和な世界からは、程遠い。平和のために、まずはドラゴンをどうにかしないといけないにもかかわらず、俺はドラゴンに比べて弱い。手も足もでない。
俺にはドラゴンから身を護るだけの力がない。ほかの人を守るなんて余裕もない。
それでも、俺は強くなりたい。
倒す力ではない。矛先を向けさせないだけの力が欲しい。
そして今。
俺は、穴堀りお兄さんと呼ばれている。
俺の親父は、酒瓶片手に千鳥足で、エルザが繰り出す技を華麗にかわしている。
俺は、呆れた目を向けながら、ぽつりと言う。
「なあ、親父」
「どうした我が息子よ」
「そうして親父は、そんないい加減な風を装っているんだ?」
「はて?なんのことだ?」
「惚けなくてもいいだろう」
「……いい加減な風を装っているんではない。父さんはいい加減で、自分勝手だ。ただその自分勝手がたまたま賢者になる必要が有ったにすぎん」
「ふうん」
俺には分からないことの方が多い。知らないことの方が多い。新たな発見の方が多い。
弱くても、何もできないのはもう嫌だ。
身を護って、今度約束する時は、有言実行出来るように俺は強くなりたい。
理想は、母さんを超える魔法剣士。
でも今は、別のこともしたいと思うようになってきた。
「なあ、親父」
「どうした我が息子よ」
「あの娘たちって、五歳になったばかりなんだよな」
「そうだぞ」
「俺の見間違えかもしれないんだが、俺の目には空中で突然方向変換したり、魔法なしで空に浮いたりしているように見えるんだが?」
「タクト。見間違いでもなんでもない。あれは特殊な兵法だ」
「俺、あれ出来きないんだけど……」
「焦らず少しずつでもやり遂げれば、大きな糧となる。いいか、タクト。母さんやあの子達みたいにまとめてすぐにできるような人はごくわずかだ。父さんだってすぐできる人ではなかった。女に溺れてお酒におぼれて、遠回りして投げ出したこともある。だけど父さんが賢者になれたのは、賢者になるために必要だと思ったことを一つ一つできるようにしていったからだ」
一つ一つ確実に習得していく。
魔法剣士になりたいから、魔法と武術を学んだ。水準を上げて、技能の熟練度を上げて、ステータスの値も上がった。
だが俺は、五歳に満たない娘たちに勝てないと思ってしまった。
同じ年の時に、俺は彼女たちみたいな戦闘は出来なかった。
一点集中の攻撃力ならまだ勝負になると思うが、移動速度や魔法攻撃力は五歳の頃の俺よりあると思う。
「よう、だから、今日からタクトがあいつらの面倒見ろよ」
「親父。俺は穴掘りで忙しいんだが?」
「朝起きて穴掘り、昼食べて穴掘り、夜寝前に穴掘り。てめえは穴掘り職人か?あん?」
親父が何か言ってくるが、穴堀りしているときは、比較的平和だ。
教会の前の広場は、安全とはいいがたい。蹴りの衝撃で木を切断するのは、異常だと思う。
そんな異常な光景を作る彼女たちだが、俺はあの二人の笑顔を見ていたら、不覚にも誰にも相談できないことを思ってしまった。
(あの二人より、もっと強くなりたい。今の平和を謳歌したい)
五歳児の幼女に思うことではないと思うが、俺は思ってしまった。
純粋でとても眩しい。その強さの一端でもいいから知りたい。
あの蹴りを止めて、あのパンチを掴んで、平和を謳歌していたい。そして分からない気持ちがいくつかある。
広場に来れば、ふとその二人を探してしまう自分がいる。
あの二人の強さの秘密が分かれば、俺も強くなれる。
あの二人の遊びに付き合っていると、辛い過去が忘れられる。
俺が再び二人を見ると、ユウキが顔を真っ赤にさせていた。
「それは駄目だから!?お兄さんも見ているから!エルザさあああああん!!!ああああああああああ!ああああああああああああああああああああ!!!あっ」
「……続けますか!」
親父が鼻の下を伸ばして鼻息を荒くしているが、見なかったことにするべきだろう。
俺はモヤモヤしてきた思考を整えるために、掘っていた穴に潜って適当な土に武器を刺す。
武器はザクザクとすんなり入り、俺は型の練習をしながら穴を掘る。
(だから俺は幼女趣味じゃない。俺は幼女趣味じゃない。俺は正常。俺は正常)
俺は、今日も穴を掘る。
冒険者の先輩たちが言っていたんだ。「女性関係でイライラしたりモヤモヤしたりする時は、穴を掘れば雑念なんて吹き飛ぶぞ」と。
実際に穴を掘り始めるようにあってから、武器の扱いがかなり上達した。先輩たちの言う通り、武器を使った攻撃力もかなり上昇している。
俺は、今日も穴を掘る。
手に持った武器は一本の槍。
ユウキがいうには、シャベルという武器らしい。