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幻影旅行代理店 遊山屋 ~現実逃避の旅、29泊30日プラン~  作者: 加藤泰幸
顧客File3.佐伯彩音(22) 消息不明の現実逃避
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其之三 -ご対面-

 見知らぬ路線の移動は、どうしても不安になる。

 電車待ちの間、念を入れてもう一度スマートフォンで路線情報を調べると、ここ広島駅から西条という駅まで待ち時間込みで四十五分掛かるのが確認できた。到着は午後十時を過ぎた頃になるだろう。

 西条駅から佐伯彩音のアパートまで、どの程度の時間を要すかはイメージしにくいが、それでも日付を跨ぐ前には着くはずだ。

 隣に立つ男が、何か余計な事を企まなければ、だが。



「……探偵さん。現地での寝床はどうするつもりなんですか?

 まだビジネスホテルの予約、取れていないんですが」

「ああん? どうにでもなるだろ、そんなの。最悪ネカフェに泊まればいい」

「それはないでしょう。探偵さん、絶対いびきうるさいですよね?

 そんな方が近くにいる状態で休むなんて……」

 天津がわざとらしく頭を抱え込んだが、無視を決め込む。

 自分だって、天津の近くで休むなんてごめんだ。

 できる事なら西条までの同行も避けたかった。だが、天津が吐いた佐伯彩音の居場所に確証がない以上、彼を引っ張り出すのはやむを得ないのだ。




「……お前、本当に佐伯彩音に危害は加えていないんだろうな」

「もちろんですとも。お客様は大切な存在ですので。

 どうも探偵さんは私に偏見をお持ちのようですね」

「当たり前だろう。その客である高橋に、変な事をしようとしていたじゃないか」

「実際には何もしていません。今回だって、探偵さんが『事件性がある』

 と言われたから、危機感を覚えて居場所をお教えしたのですよ」

「ふん……。しかし、広島県西条市なんて聞いた事がない。

 なんだって、そんな所に一ヶ月の予定で出かけたんだ?」

「西条をご存じないのですか? あの西条ですよ?」

 天津は、アイドルの名前が通じずに驚く若者のような声を漏らした。


「ああ、知らん」

「西条は日本の三大酒処にも数えられる、酒都と言っても過言ではない町です。

 駅前には瀟洒な酒蔵通りがあって、私なら毎日通い詰めても飽きませんし、

 もちろん酒自体も大変美味。

 こういう機会でなければ、ゆっくりと観光したいところでした」

「なんだ、酒かよ……」

「もっとも、佐伯様の目的はお酒ではありませんが。

 お酒を目的とするなら、十月の酒祭りに合わせるのがセオリーですしね」

「じゃあ、何が目的だってんだよ」

「こういう状態ですからお話しますが、佐伯様は借金にお悩みでした」

 天津は沈んだ面持ちで言う。

 それでも、本心からの表情なのかは怪しいところだ。


「借金の悩みは契約の際に聞いたのか?」

「はい。彼女はホストクラブに入り浸っており、

 月に云十万、多い時には百万以上を浪費していました。

 その資金を得る為に、キャバクラで働き始めたそうですよ」

「そういえば、古賀もホストクラブがどうの、と言っていたな」

「ですが、キャバクラの稼ぎだけでは支払いが追い付かず、

 闇金に手を出していたそうですが、取り立ては厳しかったそうです。

 そこで、一時的にでも借金取りから離れて、頭を冷やす時間を得る為、

 逃避を希望されたのですよ」

「取り立てを苦に現実逃避か……。

 ストーカー客の権藤にも、借金の悩みを話している可能性があるな。

 厄介な客だとしても、良い金づるでもあるだろうし」

「可能性は、なくはないでしょうね」


 やはり、キーマンとなるのは権藤だろう。

 古賀に電話をして、もう少し情報を引き出そうか、とも思ったが、

 そのタイミングで電車が来たので二人して乗り込む。

 事前の乗客と、前に並んでいた客だけで座席が埋まったので、仕方なく立ち乗りとなった。




「そういや、お前、朱莉ちゃんは大丈夫なのか? 明日の朝食とか」

「連れ出したのは探偵さんなのに、その質問はないでしょう……」

「うるさいな。どうなんだ?」

「問題ありませんよ。さる方に世話を頼みました」

「また胡散臭い話になりそうだな」

「大丈夫ですよ。探偵さんより安心できる方です」

 天津はそう言って髪を掻き上げ、ドア窓の方を向いた。


「私のお仕事を手伝ってくださる、不動産屋の大豊さんという方がいましてね。

 私が遊山屋を離れる時は、彼に朱莉の世話をお願いしています。

 もう連絡を入れましたから大丈夫ですよ」

「どんな奴だよ、そいつ」

 天津の仕事関係者というだけでも信用できない。

 それが、少女一人を預かるというのだから、なおさら不安な気持ちになる。


「中年の既婚者ですよ。実の娘がいるそうで、

 一人も二人も一緒だと、快く引き受けて下さっています」

「……子持ちか。それなら安心だな」

「そうですね。朱莉も大豊さんには気兼ねなく接しています」

「だから、俺よりも安心できるってわけか。言ってくれるな」

「事実を申したまでです。更に言えば、私が養うよりも安心できるでしょうね」

 天津は、他人事のようにさらりと言ってのけた。

 この男は、やはり朱莉を愛していないのだろうか。

 透明なドア窓に映っている表情は、ぼんやりとしてよく分からない。




「ところで探偵さんこそ、佐伯陽介氏に連絡は取らなくても宜しいので?」

 天津が振り返りながら尋ねてくる。

 ようやく見えた表情は、余裕に満ちた糸目顔だった。


「声が大きい。……そもそも、なぜ衆議院議員の佐伯陽介の名を出す?」

「契約の際に聞いたのですよ。佐伯陽介氏が実父だとね」

「隠していたのが馬鹿馬鹿しくなるな」

「ただ、私も分からない事が一つあるのですよね。

 彼女の借金は数百万。安くはありませんが、佐伯陽介氏なら支払えるでしょう。

 なのに、なぜ彼女は肩代わりを頼まなかったのでしょうかね。

 成人としての責任感でしょうか」

「……そんなもんじゃない。多分、佐伯陽介がそれを良しとしないんだ」

 そう呟きながら、ポケットに手を入れてタバコを取り出そうとする。

 が、ここが電車内だと思いだし、忌々しげに舌打ちをしてから、話を続けた。



「……探偵事務所には、ごく稀に失踪者の捜索を依頼する者がいるんだが、

 そいつらには、まず警察に相談する事を勧めている。

 それが筋ってものだし、何より金もかからない」

「意外と、良心的なお仕事をされているようで」

「後からケチつけられるのが嫌なだけだ。

 もちろん、それでも依頼してくる客はいる。

 警察の調査だけでは物足りないと考えている者が大半だな。

 だが、佐伯陽介はそのタイプの客じゃなかった」

「ほう……」


「警察に相談しないのは、自分自身の為なんだよ。

 あいつは『そうした結果、失踪に事件性があればニュースになる。

 自分の政治家としての立場が揺らぐ可能性がある』なんて抜かしやがった」

「だが、個人で雇った探偵経由なら揉み消せる可能性もある……

 探偵さんに依頼してきたのは、そんなところでしょうかね」

「ご明察。連絡の件も『定時報告以外で電話するな』と言われているんでな」

「それでも、娘を想って依頼されたわけですよね?」

「そんな上等なもんじゃない。ほら、もうすぐ衆議院選挙だろ。

 先生方としちゃ、絶対にスキャンダルなんか見せられない時期だ。

 佐伯陽介も例に漏れず『娘の失踪』なんて変なニュースを流されたくないんだよ。

 そもそも、失踪に気付いたのも大学側が先だしな」


 そう説明しながら、契約した日の事を思いだす。

 冷たい目付きで傲慢な態度を取る、気分の悪いの男だった。

 娘にまったく愛情を注いでいないのがひしひしと伝わった。

 同じ気分の悪い男でも、多分、天津の方がいくらか上等な親だろう。だが、その意見は伏せて「お前、朱莉ちゃんをグレさせるなよ」とだけ告げた。脈絡のない発言に天津はきょとんとしたが、それ以上は口をきかなかった。



 電車は三十分程で西条駅に着いた。

 山の中を切り分けて進んでいくような路線だったが、西条駅近辺は思いのほか開拓されていて、通りは大きく、ビルも目立っている。

 駅前のロータリーでタクシーを拾い、天津が住所を告げると、目的地のアパートには十数分で着いた。鉄筋コンクリートで、築十年も経っていなさそうな四階建てだった。近所に大学があるそうで、住人には裕福な学生が多いらしい。


「ここの401号室です」

 天津の言葉に無言で頷き、階段を上って部屋の前に辿り着く。

 呼び鈴は沖が押したが、反応がない。中でブザーが鳴ったので壊れてもいない。

 天津と顔を見合わせ合った後、もう一度、今度は長めに呼び鈴を押したが、結果は同様だった。


「出かけているのでしょうかね……」

「或いは、警戒されているか?」

「ありえますね。佐伯様、私です。天津鞍馬です」

 天津が扉をノックしながら声を掛けたが、それでも返事はない。


 ――ふと、嫌な想像が沖の脳裏をよぎる。


 おもむろにドアノブを掴むと、引っかからずに回す事ができた。

 緊張で呼吸を止めながら、思い切って手前に引いてしまう。

 露になった内部には照明が灯っていなかったが、アパート廊下の光で、

 物の輪郭はうっすらと見て取れた。


 その輪郭を見た沖は、衝動的にスマートフォンのライトで中を照らした。

 映し出された光景に衝撃を覚え、息を飲み込めば、ようやく強烈な腐臭が鼻をつんざいた。





「……佐伯彩音様、ですね」

「救急車……いや、警察に連絡する。到着するまで、首吊り死体には触るなよ」

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