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幻影旅行代理店 遊山屋 ~現実逃避の旅、29泊30日プラン~  作者: 加藤泰幸
顧客File3.佐伯彩音(22) 消息不明の現実逃避
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其之二 -中洲-

 親不孝通りも中洲も、遊山屋からはそこまで離れていない。

 どちらから調べたものかと考えた沖は、天津のスカした態度を思い出し、

 若者が集まる親不孝よりも中洲を選んだ。

 ランドマークであるアクロス福岡を抜け、福博であい橋を抜ければ中洲に着くが、まだ夜には少し早い。川沿いに並んだ屋台が、少しずつ営業を始めているので、沖は目に入った暖簾を潜った。


「へいー、らっしゃい」

 中年店主の挨拶は、事務的な口調だった。

 客席では、同年代と思われる黒髪の男と、まだ二十歳前後の金髪の男がラーメンをすすっている。二人ともスーツ姿だから、多分ホストの類だろう。屋台は当たり外れが激しいが、常連がいる店なら色々と期待できるかもしれない。

 沖は黒髪の隣の席に座り、チャーシュー麺を注文した。

 わざわざとんこつと告げる必要は、ない。



「親父さん、随分早くからやってるね。夕方でも儲かるの?」

 ついでだから、一仕事しておいた方が良いだろう。

 店主が調理を始めるのとほぼ同時に、雑談を持ち掛ける。

「やらんよりはマシ程度かな。

 中洲で働く人達が、仕事の前の腹ごしらえに来る事が多いね」

「じゃあ、メイン客はやっぱり、飲んだ後のシメにくるお客さんなんだ」

「だな。雨が降れば桶屋が儲かる。飲み屋様様よ」

「なるほどねえ。飲み屋といえば、若い女の子に人気があるバーとか知らない?」

「中洲の真ん中にゲームセンターがあるだろ。

 あの裏手にあるハートマンってバーが人気らしいよ。

 ……ところでお客さん、そんな場所を聞いて何しようっての?」

 麺を茹でる湯気で、店主の顔は見えなかったが、好意的な表情ではないだろう。

 この疑問のかわし方は用意していたが、あえて言葉に窮してみせる。

 正直に話した結果、思わぬところで損をする事態は、探偵業によくある事だ。




「……いやあ、実はね。近々、中洲で新規開店するキャバクラがあって、

 そこの人事を請け負ってるんだ。だが、ホステスが全く集まらない。

 他店から引き抜くのが手っ取り早いが、いざこざは起こしたくないからね。

 そういうわけで、夜の街に慣れた素人の子を探しているわけさ」

「なるほど、あんたも大変だね。……はい、チャーシュー麺お待ち」


 店主は、隣の客達を一瞥してから、チャーシュー麺をカウンターに置いた。

 丼からは、とんこつ特有の痛烈な獣臭がしているのだろうが、

『ラーメン=とんこつ』と言っても過言ではない環境で育っている沖は、特に鼻を曲げる事もなく食事を始めた。まずはチャーシューを口に含むと、旨味をたっぷりと含んだ脂身が弾ける。厚さも申し分なく、この時点で当たりと判断して良いラーメンだ。



「お、うまいな」

「ここのチャーシューはいけるからな。おっさん、いい店に入ったな」

 不意に、黒髪の男が話しかけてきた。

 箸を止めずに男の顔を見るが、やはり三十代前半の同年代に見える。

 おっさん呼ばわりは心外だったが、おっさんになる事にした。


「どうも。お兄さん、ここの常連かい」

「まあね。俺も仕事の前に腹ごしらえしていく口さ」

「仕事は何を?」

「キャバクラのマネージャーだよ。つまりは同業者だ。

 引き抜かれたら辛いところだったよ。先輩店への気遣い、感謝するぜ」

「なに。進んで喧嘩を売るのは馬鹿のする事だからな」

 そう言って麺をすする。地雷を踏まずに済んだのは完全に幸運だったが、男の品定めするような目付きが、まだ地雷原を抜けていない事を物語っていた。



「おっさんの店は、どこの姉妹店だい?」

「どこでもないよ」

「県外から乗り込んできたわけでもないの?」

「ああ。完全新規だ。バックもなにもない」

「そうか。そりゃあ苦労するぜ。……ちなみに、場所は?」

「未定。候補が複数あるんだが、どこも土地代がキツいらしいな」

「そればっかりは仕方ない」

「ま、小さい店だし、なんとかなるよ。頼りになりそうな先輩とも会えたしな」

「おう。何か困った事があれば、いつでも言いな」

 男はそう言いながら、ポケットから名刺を取り出してカウンターに置いた。

 名刺には、流暢なフォントで古賀猛(こがたける)と名が記されている。

 店名の方は聞き覚えが無かった。おそらくグループ店ではない。

 つまり、蟲毒の壺の隅で震えていたところに、もう一匹虫が入り込んだので警戒していたのだろう。格下だと思わせるのは正解だった。




「ありがとう。悪いが、俺はまだ名刺を用意していなくてね。今度連絡するよ」

「なんでも聞いてこいよ。人手不足だけは、力になれんがな」

「お兄さんの店も、それが悩みなんだ」

「先月の頭までは上手く回ってたんだよ。

 だけど、人気があった女の子が逃げちゃって。勘弁してほしいぜ、まったく」

「バックレはきついな。どんな子だったんだい?」

「普通だよ。非番の日は自分もホストクラブに入り浸る、よくいるホステスだ。

 ただ、面接に来た時は、お嬢様、って感じの真面目そうな子だったから安心していたんだが……」

「お嬢様……?」

 聞き捨てならない言葉に箸を止める。

 なるべく平穏を装いながら古賀を見ると、彼は乱雑に側頭部を掻きむしった。



「うちの店名で検索してみな。『あや』って子が出てくるが、そいつの事だ。

 もしも見かける事があれば、すぐに連絡をくれ」

「まさか、俺が共犯になるような事を、女の子にするつもりじゃないだろうな」

「ないない。他にも聞いている奴がいるんだし、そんな事するわけないよ。

 ……なあ、親父。俺、そんな奴じゃないよな」

「へえ」

 店主の声は消えてしまうような声で頷いた。

 古賀の店の規模はともかく、バックは面倒な所なのかもしれない。

 隣に意識を向けつつも、スマートフォンを取り出して確認してみれば、

 濃ゆい化粧の女が出てきた。それでも、彩音だと特定できる。

 どうやら、ゆったりとラーメンを食べている暇はなさそうだ。



「……顔だけじゃ判別できないかもな。

 もう少し詳しい事情を知りたいが、あやが逃げ出したのはいつ頃だ?」

「二週間ほど前かな。あれ以来、連絡しても反応がない」

「行き先に思い当たりはあるのか?」

「それもないなあ。ただ、アパートにもいないから、

 引っ越したか、実家に帰ったのかもしれん」

「じゃあ、逃げ出す前に変わった様子はなかったか?」

「それなら、知ってるよ」

 そこで、金髪の男が初めて口をきいた。

 だが、金髪は視線を古賀の方に向けている。古賀が頷くのを確認してから、金髪は舌足らずな喋り方で話を続けた。



「あやに入れ込んでる権藤って客がいるんだけど、

 最近、入れ込み具合がストーカー並になってたんだよ。

 俺、客引きやってるんだけど、そいつが毎日あやの出勤情報を聞いてくるんだ。

 もう、うぜぇのなんの。

『あやは枕するのか』とか『自宅はどこなんだ』とかも聞かれたよ」

「権藤の話か。上客ではあるけれど、確かに執着心が凄いよな」

「マネージャーもご存知でしたか」

「ああ。俺も、あやから相談を受けた事があったんだよ。

 切るにはもったいない客だから、相談は聞き流したけどな」

 まるで、世間話でもするような喋り方だし、珍しいケースではないのだろう。

 ストーカーが仮に事件を起こしても、この街や彼らにとっては些事なのだ。

 沖は奥歯を強く噛みながら、それでも質問を続けた。 



「……権藤の住所は分かる? 写真は?」

「ないよ、そんなの。小太りのよくいる中年オヤジとしか覚えてない」

「そうか……。とにかく、あやを見かけたら連絡するよ。……親父さん、勘定」


 サイフからクシャクシャの千円札を取り出し、店主に突き出して屋台を出る。

 ストーカーの情報が必要になれば、古賀にいつでも聞ける。

 それより、今は遊山屋に戻る事が先決だ。


 天津を締め上げて旅行先を聞きだせば、今日中に彩音と会えるかもしれない。

 会えるのが明日になった結果、ストーカーに先手を打たれでもすれば、後悔してもしきれないだろう。一件目で情報を得た幸運が持続する事を願い、沖は来た道を走りだした。

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