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幻影旅行代理店 遊山屋 ~現実逃避の旅、29泊30日プラン~  作者: 加藤泰幸
顧客File3.佐伯彩音(22) 消息不明の現実逃避
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其之零 -佐伯彩音の決意-

 佐伯彩音(さえきあやね)は、五度の不通で父に電話する事を諦めた。

 一度も電話に出てもらえない理由は分かっている。

 政治には詳しくないが、衆議院解散が近い事はニュースで知っている。

 そうなると、仕事に全てを注ぐようになり、家庭を一切顧みようとはしないのが、父・佐伯陽介(さえきようすけ)なのだ。


 現役の衆議院議員なのだから、選挙に打ち込むのは理解できる。

 だが、選挙がない時期でも、亡き母や自分に対して、父は淡泊だった。

 どこかへ遊びに連れていってもらった記憶も、将来への不安を聞いてもらった記憶もない。

 そのような男なのだと確信したのは、高校一年の頃だから、七年前だろうか。

 だから、今更ショックを受けもしない。



「……期待はしてなかったんだけど、ね」

 そう呟きながら、スマートフォンをバッグに戻し、自宅アパートの扉を開ける。

 迎えてくれたのは、いつもと変わらない真っ暗な自室だ。

 彩音は照明を付けず、派手な化粧も落とさずにベッドへと倒れ込んだ。

 実家のベッドに比べれば貧相だが、それでも気分だけは楽になる。

 突っ伏している間だけは、嫌な事を忘れる事ができるのだ。


 そうして、暫く目を瞑っていると、不意にバッグの中から電子音が聞こえた。

 慌てて取り出せば、父からの電話である。

 困惑と僅かな期待を抱きつつ、受信ボタンをタップする。

 父の声を聞くのは一年ぶりだろう……そんな事を考えながら、端末を耳に当てた。





「あ、もしもし……」

『ご無沙汰しています。佐伯です』

 他人行儀な声が聞こえてくる。

 別の困惑が生じたが、それは父も同様のようで、暫しの沈黙が生まれた。


『……もしかして、彩音か?』

「あ、う、うん。何度も電話してごめんね。ちょっと相談が」

『間違えたじゃないか。紛らわしい連絡は止めろ! 忙しいんだ!!』

 怒鳴り声が、彩音の言葉を掻き消してしまう。

 一年ぶりの会話は、それで終了した。

 彩音はよろよろと立ち上がり、端末をバッグへ戻すと、代わりに中から一枚の書類を取り出した。


 一縷の望みを託して連絡したけれど、それでも駄目。

 ならば、やはり決断するしかない。

 自分を救ってくれるのは、この現実逃避プランしかないのだ。


 叩きつけるように書類を卓上に置き、保留としていた署名欄に名前を書く。

 筆先を見つめる彼女の眼は、絶望的な状況の割に、爛々と輝いていた。

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