97、【怠惰】と変わり果てた男
「では私は一刻も早く町民を安心させたいのでそろそろ失礼します。ギルドマスターのノーツ殿が付いているので大丈夫とは思いますが皆さまも屋根のある頑丈な建物に避難してください。あの紫色の雷がいつ落ちるか分かりませんからね。」
そう言い残して有能な兵士は町の中に駆け出して、暗い空の中でも銀色に輝く頼もしい背中はどんどん道の先に吸い込まれて消えていった。
「……さて、ワシはこのまま…そうじゃな、あの空の様子を利便上『闇の雲』と呼ぶことにするが、闇の雲の原因を探る為に動き回ろうかと思っているのだが、お前さんたちはどうする?先ほどの兵士が言ってたように避難しておく方がいいとワシは思うがな。」
静かになった場で最初に口を開いたのはノーツであった。
兵士は市民が混乱していると報告していたが、その言い回しであれば闇の雲による物理的な被害はまだないと考えていいのだろう。
もちろん天候が少し荒れただけなどと楽観視する気は無いが、それを見越して頑丈な建物に町民たちを誘導しようとしているのだろう。
強固な守りは人々を守るだけではなく、この場所に居れば大丈夫だと心から落ち着かせることが出来るのだから。
そしてノーツも人々を守るため全力を注ぐ覚悟を決めているが、その人々の中には当然ながら将来に期待が持てる新人たちも含まれている。
ベルとフェゴールに関しては人ではないものの、彼女たちがモンスター(片方はダンジョンコアだが)である事は秘密であるため、ミントたちの目の前では人として対応するしかない。
そんな少女六人に対して逃げることを進めるノーツだが、彼女たちの答えは当然ノーであった。
「避難なんてする訳無いじゃない。危険なのは分かるけどそれを楽しむのが冒険者でしょ?」
ミントの言葉に他の少女たちも小さくうなずく。
その答えを聞いたノーツは一瞬固まったものの、すぐに笑いだした。
「ハハハ、なかなか生意気な事を言ってくれるじゃないか。やはり新人ってのはこれくらい無鉄砲な奴らの方が面白いわ!」
「ちょっと、そんなに笑わないでよ。」
「ああすまんな、もちろんついてきても構わんがマズいと思ったらすぐ逃げるんだぞ。この程度の危機管理ができるかどうかが勇気と無謀の境目なのだからな。」
「ミントちゃんの場合は勇気でも無謀でもなく、ただの興味本位っスよ。」
「うん、ミントちゃんって危険な目に自分から吸い寄せられるよね。」
「…虫みたい。」
「モロハ、後でお仕置きね。」
モロハはそっぽを向いた。
「そうか、それでベルたちも来るんだな?」
「正義の味方だからね!」
「それ気に入っちゃったの、ベル?」
いつぞやかのゴロツキ男に向けた決め台詞をビシッと言い切ったベルの表情は満足そうなドヤ顔であった。
「よし分かった、では『闇の雲』の原因を探すために──」
「──その必要はありませんよ!」
「「ッ!?」」
ノーツを先頭に闇に包まれた町を彷徨おうとしたその時、ベルだけが聞き覚えのある朗々とした声が後ろからかけられた。
その声の持ち主は散々ベルを追い回してカレーパンを恐喝しようとした華奢な男である……のだが、その見た目は数分前の姿とは大きく変わっていた。
服越しにも分かるほどに全身の筋肉が異常に盛り上がり、その筋肉質な肌は現在の空模様と同じように真っ黒な色に紫色のタトゥーのような模様が刻まれていた。
顔も深く暗い色に染まっているせいで爽やかな印象は掻き消え、もはや華奢な男とは呼べない風貌へと豹変してしまっていたのだ。
唯一変わっていない朗々とした声が無ければ彼の正体は全く分からなかったであろう。
「ふふふ、どうですかお嬢ちゃん?あなたとの鬼ごっこが楽しくない訳ではないのですが、こちらは遊びではなく依頼のため……いえ、金と名誉のために仕方なくこのような姿になってしまいましたよ。」
「仕方がないとか思ってないでしょ!そんなにニタニタ笑ってさ!」
「おっと失礼、金色の将来を想像していたのが顔に出ていたようですね。」
前に会話したときよりも欲望が漏れ出している発言に背筋が凍りそうなベルだが、他のメンバーも大小はあれど概ね同じような事を考えていた。
この男は正常ではない、と。




