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95、【怠惰】とカレーパン争奪戦10

♢♦♢



「…遅いです。」



大声で飲み騒ぐ冒険者が居なくなったギルドの中では受付嬢のミツが漏らす小さな呟きもよく聞こえる。


冒険者たちが特別依頼を受注してかなりの時間が経っているハズなのだが、いまだに誰も帰ってきていないためにミツがソワソワし始めているのだ。

いや、正確には帰ってきた冒険者は居たのだがどれも依頼のキャンセルを求める冒険者であり、ミツの求めている物を持って帰ってきた冒険者が居ないという事である。



「そうにぇね、だんだん眠くなっちゃうにぇ。」

「あなたは戻って仕事してくださいです。」



魔術師ギルドのギルドマスターであるオニキスがしれっと居座っていることに頭を抱えているのは受付嬢のアン。

オニキスがサボりであることは明白なのでアンの言葉は当然ではあるが、相手はこれでもギルドマスターなのに言葉を選んでいない辺りから普段から似たような行動を取っている事が想像できる。


普段通りであればオニキスは何も気にせず残る場面なのだが、今日のオニキスは何かを考えるように唸り始めた。



「むー、そういわれると整理しておきたい事もあったような気がするにぇ。名残惜しいけど仕方が無いにぇね。帰って一仕事してくるにぇ。」

「あれ?今日は素直ですね?」

「らしくないです。」

「あ、あははー、そういう日もあるにぇよ。」



オニキスの言う整理しておきたい事、それはフェゴールの鑑定結果の件である。

魔術師ギルドマスターですら聞いたことが無かった神話級の魔法、それが数多(あまた)も内包された魔石を核にして動いているマナドールのフェゴール。


国や大陸どころか世界全てを一瞬で制することが出来るであろうこの案件を誰かに伝えるリスクはギルドマスターとして人の上に立っているオニキスだからこそ理解出来ている。

だからこそ自分の力だけで分かる範囲だけでも研究したいと願うのである。


そもそも見なかったフリを決め込むのが一番安全なのだが、魔術師ギルドという施設は科学の発展した世界に例えるなら研究所のような場所であり、その場所のトップであるオニキスは根っから研究者気質、要は探求心を抑える事は出来る訳が無いのだ。


怪しむ双子の受付嬢から飛んでくる疑惑の目線を背中に受けつつ冒険者ギルドの扉を開けて外に出ようとしたオニキス。


しかし扉を開けたと同時に何かが視界に入ったらしく扉を開けている途中のポーズのまま硬直していた。



「ん?どうしたです?」

「どしたです?」

「……空が……真っ黒にぇ。」

「まだ寝ぼけているですか?確かに結構な時間は経ったですけど夜には早すぎるです。」

「ですです。」



そう言いつつも一切動こうとしないオニキスが気になった二人は扉の方に一緒に近づく。

いつも見慣れた冒険者ギルドの扉の先、そこには全く見慣れない光景が広がっていた。



「……本当に真っ黒です。」

「……です。」



空に広がっていたのは曇天や夜空の黒とはまた違う、漆黒色を満タンに詰めたバケツをひっくり返したような無秩序な闇。

闇と闇の狭間に時たま見える光も空の青や太陽の黄色ではなく紫色の閃光が駆け抜ける、そんな異様な光景が広がっていた。




♢♦♢




「ど、どうなっているんスか、空がおかしいっス!?」

「え、空がどうしたの!?」

「空がどんどん暗くなってるのよ、ほら、アンタ(ベル)も見なさい!」

「うぉ眩し…くない!?」



布袋の中から出してもらったベルが見た物はこの町を包み込む暗黒の空。

この町に来て日の浅いベルにもこれが異常な天候である事は一目瞭然である。



「この空…一体どうなっているの!?」

「こっちが聞いているっス!」

「アタイも分かんないわよ!!」


クルッ

クルッ

クルッ


「わ、私の方を見られても分からないよぉ~!」



この現象の事は当然ながらバニラにも分からないようだ。

その後何も知らなさそうなモロハに視線が集まることもなく、彷徨った視線は再び空に吸い込まれる。


ただ空の色が変わっただけなのに正体不明の息苦しさが襲って来るかのようだ。



「じゃあ誰なら分かるって言うのよ。」

「ううー、たとえば魔術師ギルドマスター…スか?」



オニキスもこの件について全く分かっていないという事は今の彼女たちには知りえない情報だ。


しかしココアの言ったギルドマスターという単語は思わぬ人物を呼び寄せることになる。



「誰かワシの事を呼んだか?」

「「う、うわぁ!!」」



魔術師ギルドではなく冒険者ギルドのマスターであるノーツが物音ひとつ立てずにミントとココアの後ろから声をかけたため、二人は大きくのけ反るほどのオーバーリアクションをする羽目になってしまった。


ノーツの大きな体が唐突に現れれば驚いて当然なのだが、ベルはその体の後ろに隠れて見えにくくなっていた人物に気が付いた途端にパァーっと明るい表情になる。



「お、お姉ちゃんだ!」

「無事だったのね、ベル!」



互いの無事を確認するように二人同時に駆け出すベルとフェゴール。

近くまで走ったフェゴールが少しかがむことによってベルを胸の中心でしっかりと抱き寄せた。


二人が再開できたことは喜ばしいことだが、漆黒に染まる空は今だに広がり続けている。

カレーパンから始まった今回の騒動はまだ終わっていないようだ。

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