94、【怠惰】とカレーパン争奪戦9
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サントの町のとある一軒家。
かまどからの煙によって燻された壁に面の削れたテーブルと少々寂れた印象があるものの生活感の漂うごく普通の家屋のように見えるが、ここには今回の緊急クエストの為だけに急遽設立された冒険者たちの作戦本部として開放されていた。
この町に住んでいる冒険者が自分自身の家を使うように提案した作戦だが、一時的とはいえ多くの人間を家に入れることになるこの案を自ら立候補したことからこのクエストに対してどれだけ本気で挑んでいるのかが良く分かるだろう。
最初は分け前の勘定などを行うだけの集合場所のつもりであったが、思っていた以上に目標の確保に手間取ってしまっている事と作戦範囲が広大になりつつある現状により冒険者の休憩と情報交換もいつの間にかこの場所で行われるようになっていた。
しかしこの場所に居座っている冒険者の殆どはフェゴールが風魔法で魔術師ギルドを超えた際に追いかけることを諦めた人々で、裏方に回っていると言えば聞こえはいいがその本性はどうにかして報酬のお零れにあすかろうとしているだけのハイエナ集団である。
「あーあ、ヒマでヒマで仕方がない。早くアイツら帰って来いよ、こんなに俺たちを待たせてどういう気だってんだ。」
「だよな、あいつらの冒険者ランクは飾りかってんだ。あんな小娘くらいさっさと捕まえて身ぐるみ剥いじまえばいいんだよ。」
「そうそう、さっさと報酬貰って一杯パーっとやろうぜ。」
大した実力も無いくせに口だけは良く動く、そんな彼らの冒険者ランクが低いのは言うまでもない。
なにせ冒険者ランクは実力だけではなくそのパーティがどれだけ信用できるか、言い換えればどれだけモラルとマナーを守り丁寧な対応をするかも加味される。
したがってどちらも持ち合わせていない彼らは、つまりそういう事なのである。
しかしこの場には彼らのようなハイエナだけではなく先ほどまで汗まみれになりながらベルとフェゴールを追っていた冒険者もいる訳で、自分の事しか考えていないハイエナ冒険者の言動に血管が切れそうになっている冒険者の殆どがそうである。
それでも何とか平然を保とうと我慢していた冒険者の一人が先ほどのハイエナたちの会話で堪忍袋の緒が切れたようだ。
「おぃ、てめぇら!何もするつもりが無いならとっとと帰りやがれ!何なら俺の冒険者ランクが飾りじゃねぇって分からせてやってもいいんだぞ!」
「「「ひ、ひぃ、すみませんでしたぁ!!」」」
手をポキポキ鳴らしながら凄む男の迫力に圧倒されて一瞬で逃げるハイエナ冒険者たち。
その足の速さでベルとフェゴールを追えばいいのでは、と思えるほどの逃げ足であった。
バタバタと慌ただしい足音が小さくなっていく中、新たな二人分の足音が入れ替わるように聞こえてきた。
「なんやなんや、随分慌ただしいやないか。一体どないしたんや?」
「おそらく役にも立たない疫病神たちを彼らが追い払ってくれた所でしょう。これは彼らに感謝しておきましょう。」
足音と共にやってきたのはベルを追っていた華奢な男とフェゴールを追っていた訛りのある口調の男であった。
二人が部屋に入るなり汗の臭いが部屋全体に充満するが、元々男臭くなっていたのである意味問題は無い。
苦い顔をしているのは家主だけである。
「お疲れさん、状況はどうなっている?」
「お相手さんが途中でバラバラに逃げおったからこっちも二手に分かれて追いかけとったで。やけど魔法使いの姉ちゃんは追いつくのがやっとって感じやったわ。」
「こちらは小さなお嬢さんを追いかけていました。ですが他の冒険者の抜け駆けのせいで今だに逃げ回っていますね。」
「何、抜け駆けだと!?」
ベルを助けた四人は善意のつもりであるし、その瞬間を目撃した華奢な男もそのように解釈している。
だがこのままベルに逃げ切られてしまうと今まで追いかけてきた意味が無くなってしまう。
そのためにワザと過激な言葉で発破をかけようとしているようだ。
だがその目論見は一緒に入ってきた訛りのある男に潰されてしまう事になる。
「そういや姉ちゃんの方にもギルドマスターが付いとったな。」
「ギ、ギルドマスターだと!?」
「せや、しかも特別依頼の件は知らんみたいやったしこっちの味方って訳でもないで。」
この言葉には周りの冒険者が分かりやすくざわつき始めた。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。それじゃあ俺たちの行動はギルドマスターから見て女の子を集団で追いかけまわしているように見えてるって事じゃないのか!?」
「そんなの後で絶対怒られるじゃねーかよ。」
「マスターを怒らせてまで特別依頼の報酬を貰っても損にしかならねぇ!」
「ど、どうすればいいんだ!?」
ハイエナが居なくなってこの場にはある一定以上の実力を持った冒険者だけが残っているが、言い換えるならばそれは冒険者ランクが高い者たち、さらに言えば冒険者ランクを下げたくない者たちである。
ギルドの長であるギルドマスターは冒険者ランクを適性な範囲で調整できる権限を持ち、また冒険者ランクの調整を適切に行うことが義務である。
全てが終わった後でギルドマスターに媚びたところで手遅れとなってしまうのだ。
「そ、そうだ、今からでも遅くない、俺はこの依頼を降りるぞ。」
「俺もだ、仕事とはいえこれ以上少女を追いかけまわすのは心が痛む。」
「待つんだ君たち、これはこの町の受付からの特別依頼だぞ!我々の行動はギルドから公認されているんだぞ!」
「その受付だってギルドマスターが怖いって言ってたじゃないか!!」
「ッく。」
ギルドマスターの件だけではなく少女を追いかけまわす罪悪感から解放されたいと言う冒険者もいるようだ。
ともかくこの場から去る冒険者は一人、また一人と増えていき、この場に残るのは華奢な男と訛りのある男、あとは家主だけとなった。
「くそッ、このままでは…この人数では…」
「ええやん、個人の取り分が増えてガッポガポや。」
「依頼が達成できなければ取り分もないではないか!」
多くの人手を失ったのに能天気にお金の話を始める男に対して怒鳴りつけるものの、その飄々とした態度が崩れることは無い。
「…頭を冷やしてくる。」
「なんや、休憩はええんか?」
「…問題ない。」
そう言って少しふらつきながらも部屋を出る華奢な男、その顔には影が差しているように見える。
「…俺には金が必要なんだ。」
ぽつり、と、独り言が漏れる。
「…俺には名誉が必要なんだ。」
足元がもつれ、壁にもたれかかる。
それでも口からは暗い言葉があふれ出す。
「…俺には…力が必要なんだ。」
「力、欲しい?」
「ッ!?」
妙に明るい少年のような声を発する謎の人物から咄嗟に距離を取る。
疲れているとはいえ何の気配もなく横に立っていた気味の悪い少年、そんな第一印象を持つには十分すぎた。
そんな考えを持たれている事に気が付いているのか、それとも気が付いていないのか、少年は満面の笑顔を振りまいて自己紹介を始める。
「初めまして、ボクは【強欲】。キミのような面白そうな人間に圧倒的な力を貸してあげる為にやってきたんだよ、よろしくね☆」
ベル「で、ダンジョンバトル新米戦は?」
作者「さぁ」
フェ「ここにもプロット無しの弊害が…」




