76、【怠惰】の出発/アレがアレ
交渉は無事に完了したのだが、互いが互いに少しずつ配慮を行っていた。
まずオニキスが手渡した硬貨は1000G相当の小鉄貨5枚……ではなく、小鉄貨4枚と100G相当の大銅貨10枚であった。
どの世界であっても細かいお金があった方が支払いがスムーズになるのは道理であり、色んな物に目移りしそうなベルの事を思っての両替であった。
ベルの方はそれぞれ違う種類のパンを手渡していた。
オニキスが欲しいと言っていたのは『あの美味しいパン』、つまりオニキス自身が食べたジャムパンの事ではあるのだが、色んな種類があった方が飽きずに美味しく食べられるとベルがオススメしたのだ。
オニキスとしてはあんなに美味しい食べ物を何種類も持っているとは思っていなかったらしく非常に驚いていたが、ベルの申し入れには素直に感謝した。
「じゃあそろそろ出発するにぇ。護衛の二人はとっくに待ちくたびれているにぇよ。」
「そんなに待たせちゃった?その二人には悪い事をしたかなぁ?」
「そうでも無いにぇ。依頼主が来る前に準備を完全に終わらせているのは優秀な冒険者の証にぇ。」
この世界の時間感覚はかなりアバウトなようで朝、昼、晩の三回のタイミングで鐘を鳴らす程度だそうだ。
その三回も『朝日が昇ったと思った時』、『太陽が自分の真上に昇ったと思った時』、『太陽が地平線に沈んだと思った時』と、鐘を鳴らす役職の者の感覚で容易に前後してしまう。
そんな信憑性の薄い鐘の音だが、町の全員が共有できる時間の基準があるのと無いのとでは全然違うらしい。
ちなみに今回の集合時間は朝の鐘と昼の鐘の中頃だそうだ。
太陽が斜め45度と難しい角度にあるため感覚が分かれやすいうえに鐘の音による合図もない時間である。
「オニキスちゃんも入り口までは付いて行くから、はぐれないように付いてくるにぇ。」
「はーい。」
「分かったわ。」
ストレージリングのおかげで手荷物の少ないベルとフェゴールはオニキスに連れられて魔術師ギルドの中を進んでいく。
多くの扉が向かい合う廊下の真ん中を三人の少女が進む姿は少し微笑ましかった。
♢♦♢
「そろそろかしら~。」
「時間的にはそうだろうな。でもよぉ、あの自分勝手で平気で遅刻してくる魔術師ギルドマスター様とアレが二人なんだろ?正直約束事を守るとは思えねーよ。」
「あらあらトリル~、アレじゃなくて護衛対象ちゃんでしょ?相手が何者であっても女の子には優しくしないとダメよ~。」
「うるせぇ。お前以外の女に優しくする気なんてねーよ。」
「あらあら~。」
意外にも清掃の行き届いている魔術師ギルドの入り口。
そこには意味深な言葉を交えて会話する二人組の男女が立っていた。
この二人こそベルの護衛役を請け負った冒険者、口の悪い男性のトリルとのんびりとした雰囲気のソフランである。
ギルドマスターのノーツから直接指名されたこのコンビは『届かぬ楽譜』というパーティを組んでいるのだが、そのランクは二人だけのパーティでありながらCランクで中堅クラスと言ってもよいランクである。
この二人が先ほどから言葉を濁らせているが、これは町中にモンスターが居ると口に出せないためである。
つまり先ほどの会話は『モンスターなんて信用できない』と主張するトリルを『モンスターだけど依頼だから我慢してほしい』とソフランがなだめている、ということである。
「しかし樹海のアレの後でアレなんてよぉ、単純に悪運が続いただけって考えにくいんだよなぁ。アレとアレには何か関連があるかもしんねぇ。」
「アレばっかりで何を言っているか分からないわ~。確かに言っちゃいけないんだけどね~。」
エンシェントドラゴンの一件はまだ一般には発表されていないため、こちらもベル同様アレ扱いである。
「っと、ギルドの中から三人組で歩いてくる気配を感じたぜ。」
「オニキスちゃんと護衛対象の二人で合計三人かしら~。ちなみに十秒前から気が付いていたわ~。」
「全く、ソフランには勝てる気がしねーな。」
そう言いつつギルドの入り口に体を向き直すトリルとソフラン。
傍から見たらただ立っているだけだが、その手は腰の短剣をいつでも抜けるように準備しており一切の隙が無い。
冒険者ランクはあくまでそのパーティの信頼度の高さを表すものであり実力が全てではない。
だが、たった二人だけでCランクにまで昇格できた彼らは個人レベルで見ればBランク冒険者にも届きうる実力者なのであった。
25話の時は二人とも毒舌でしたね
きっと酒の影響でしょう(目反らし)




