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75、【怠惰】と鉄貨

ベルたちがなかば強制的にエンシェントドラゴン偵察作戦に参加することを聞かされた日の翌日。

昨日の今日であるにもかかわらず、今日のベルは一段と機嫌が良いようである。



「よーし!今日はようやく町を見て回れるね、お姉ちゃん。」

「そうね。本来の目的はやっぱり忘れているみたいだけど些細な問題ね。」



ベルとフェゴールがモンスター(厳密に言えばベルはモンスターでは無くダンジョンコアなのだが)である事はギルドマスターけん町の長であるノーツは既に知っている。

そのためベルたちには名目上は護衛となっているお目付け役が同行する手筈となっていた。

しかし昨日のエンシェントドラゴン対策会議が思った以上に長引いてしまったので冒険者ギルドからの護衛を出すことが出来ず、ベルたちは魔術師ギルド内にあるオニキスの私室から出ることが出来なかったのである。


そして今日、ようやく町に出かけることができるのである。

ベルにとってはダンジョンから町まで歩いてきた苦労が報われる瞬間であろう。



「ちなみにどこを見て回るつもりにぇ?」

「市場や商店で食べ物を買って行こうかなって思っているよ。できるなら食用植物の種や苗も欲しいかな。」

「あら?忘れてなかったのね。」

「私はそんなにドジじゃないよーだ。」

「なるほどにぇ。で、お金はいくら用意しているんだにぇ?」

「ぁ。」



以外にも本来の目的を忘れていなかったベルだったが、それ以前の部分が欠落していたようだ。

自分で言った途端にドジを踏むベルであった。



「まぁまぁ気にしなくていいにぇ。むしろ樹海の生活で人間の通貨を持っていた方が怪しいからにぇ。無一文ってことは人間から追いはぎしたことが無いって話になるから、ひとまず安心できるにぇ。」



そう言いながら机の引き出しから革袋を数個取り出し、中に入っていた複数種類の硬貨を数えながらテーブルの上に乗せた。



「流石にタダであげちゃうと後でノーツちゃんに怒られるからにぇ、あの美味しいパンを一個1000G(ゴルド)、最大5個まで買い取るにぇ。」



銀色の硬貨を手元でクルクルと回しながら、オニキスはドヤ顔っぽい表情でそう言った。


ベルとフェゴールはこの世界に創られてすぐの状態でもダンジョンの基礎知識を知っていたのと同じように、この世界の通貨単位の常識も知っていた。


通貨単位のG(ゴルド)は概ね日本円の値段感覚に近いらしい。

それぞれの硬貨の価値は──



小銅貨=1G

中銅貨=10G

大銅貨=100G


小鉄貨=1000G

中鉄貨=10000G

大鉄貨=100000G


小金貨=1000000G

中金貨=10000000G

大金貨=100000000G



──となっている。


加工を施しやすくありふれた鉱石で作られた銅貨が最も価値が安く、銅と同じくありふれた鉱石だが加工難易度が銅よりも高く武具としての需要もあるため数が出回りにくい鉄貨と続き、希少性の高い鉱石で作られた金貨が最も高額で扱われている。


この世界には銀貨が存在していないのだが、鉄と色が被るという理由の他にもある程度の数が出回る事となる値段の硬貨に希少性のある銀を使うのはもったいないという理由があるようだ。


つまりオニキスが手元で回している銀色の硬貨は銀貨ではなく鉄貨、彼女が提示した値段も踏まえるとおそらく1000Gの価値がある小鉄貨であろう。


この世界のお金の知識を頭の中で整理できたベルだったが、あらためて考えてみるとオニキスの値段設定に驚愕の表情となった。



「ちょ、ちょっと待って!パン一個で1000G!?」

「やっぱり安かったにぇ?でもどれだけ高級品だったとしても一食分になるかどうかの量の食料品に出せる金額はこれくらいが限界にぇ。すまないにぇ。」

「いやいやいや、十分たか……んぐぐぐ」

「分かったわ、取引成立ね。」



ベルの持ち込んだパンは地球においてコンビニで買える程度の物でしかなく、さらに言えば【怠惰】の能力により殆どタダ同然で手に入る物である。

過去にぼろ儲けの方法を考えていた事もあったが、それが現実となるとどうしても罪悪感が拭えないようだ。


そんなベルの口を素早く封じて取引に応じたのはフェゴールであった。

ベルの相手を思いやる気持ちも分からなくはないが、こっちはこっちで一文無しなので手段を選んでいる余裕は無い。

それに別に騙している訳ではなく相手の提示価格に乗っただけなので、こちら側が罪悪感を覚える必要などないとフェゴールは考えたようであった。


ともあれ、思わぬ臨時収入である5000G(ゴルド)を手に入れることが出来たベルとフェゴール。

くすんだ鏡のように風景を映し出す鉄貨に反射したベルの表情は、鉄貨の表面が曇っているためよく見えない。




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