7、【怠惰】の烙印
オルス曰く、スライムとは体内に取り込んだ静止した物体を消化しすることで生活している軟体生物であるとのこと。
『静止した物体』という縛りは思いのほか厳しく、植物以外の生命体は大体が『停止した物体』にはならず、また人間が着用している服や防具も溶けない…と言ったあたりでエストリアからの肘鉄を貰ってしまった。
「…ただの防御力の話だろうがよぉぉぉ。」
「???」
「【怠惰】ちゃんは気にしなくていいわよ。」
しばし後に復活したオルスが続ける。
先ほどの特性から生物に攻撃する手段が体当たりだけになるのだが、プルプルとした体で体当たりされても脅威とはならない。
パラメーター自体もお粗末なものなので、Fランクの冒険者が討伐できるモンスターと言われているゴブリンよりも総じて弱い。
なお冒険者ランクはSランクが最高でGが最低となるが、Gランクは冒険者見習いという扱いになる。
Gランク冒険者は、この世界での成人となる16歳になるまでの期間にCランク以上の冒険者と一緒であれば活動することが出来る特殊な冒険者ランクだ。
彼らは主に薬草を中心とした素材集めの依頼しか受けることができず、討伐依頼は受けることが出来ない。
そのため成人後にFランクとなった後はゴブリン討伐の依頼を受けて経験値と実績とお金を稼ぐことになる。
そう、スライムはそもそも『討伐するべき対象』にすらなれない最底辺のモンスターなのだ。
「だけど裏を返すとスライムは『停止した物体』であれば何でも消化するハズなんだよ。
まぁ、こんな見たこともないゴミも消化するかは保障できないけどな。」
「おおー、確かにモンスターを自由に出せるダンジョンならではの方法って感じがしていいですね!」
そう、ここはダンジョン。
テーブルとイスが並べられて部屋の隅にベッドが置かれ、カセットコンロを小さな台に置くことで簡易の調理場が用意されているが、ここは断じてダンジョンなのである。
「わかった、ちょっと召喚してみるよぉ。」
ベッドを出した時同様、壁の制御盤を操作してモンスターの召喚の準備を始める【怠惰】と、それを眺める3人、特にオルスは熱心な眼差しを向けていた。
オルスがスライムを選んだ理由はその消化能力だけではない。
モンスターの召喚も先ほどのベッドと同様に目の前に突然現れるという可能性があったからだ。
それを考えるとモンスターに不意打ちをされても被害が皆無のモンスターを選びたかった、という理由である。
それでも万が一【怠惰】がこちらを騙して強いモンスターを召喚することも考えられる。
常に武器を抜けるように警戒は怠らない。
だが、その警戒も無駄になった。
「おー、スライムは1DPかぁ…あれ?ゴブリンも1DP?ブラッドウルフも!?ジャイアントサーペントも!?ドラゴンも1DP!?しかも全員『0』になってる!?【怠惰】の固有スキルの効果だって!?」
「おい、とりあえず落ち着け!何が『0』になってるんだ!?おい!?」
「あばばばば、体を揺らさないでくださぁーい。オルスさんも落ち着いてぇー。」
急に取り乱した【怠惰】を落ち着かせるために両肩を掴みながら体を揺さぶるオルス。
エストリアもジト目で肘鉄の構えを取り、それを見たオルスが落ち着きを取り戻す。
「はうぅ、えーと、いわゆる五大パラメーターの攻撃力・防御力・魔法攻撃力・魔法防御力・敏捷が0だったんです。
つまり全モンスターの五大パラメーターが0になっている代わりに召喚が1DP、さっきのあんぱんと同じになっているんです。
どうやら私のダンジョンコアとしての固有スキル『【怠惰】の烙印』の効果だそうです。」
全てのダンジョンコアはダンジョンの個性を付ける為に固有のスキルが備わっていたのだ。
そして【怠惰】の固有スキルである『【怠惰】の烙印』は普通のダンジョンコア達にとっては致命傷となる最弱の能力であった。
─【怠惰】の烙印─
召喚するモンスターの五大パラメーターを0にする。
具現化する装備品、装飾品の五大パラメーターへの補正を0にする。
モンスター、装備品、装飾品の召喚・具現化にかかるDPが1DPになる。
「で、0って弱いんですか?」
「「弱いに決まってるだろ!」でしょ!」
「ひぇっ!」
オルスとエストリアの二人の声が見事にかぶった。
「…例えばパラメーターが1の者が集まれば2や3の者を倒せるかもしれん。
だが0の者を1000体用意しても1には決して勝てない。
それが0だ。」
ハーデスの言う通り、少ないと無いでは決定的に違うのである。
1DPであるため大量に召喚すること自体は簡単だが戦力にはならない。
もしここに来た冒険者が『忘れられた黄金』でなければ、『【怠惰】の烙印』の効果を知られた時点で危険性が無いと判断され襲い掛かってきた可能性があった。
相変わらず危険意識の無い【怠惰】であった。
「でもパラメーターが0で消化って出来るんですか?」
「んー、消化はスキルだったと思うから問題は無いだろう。」
「そっか、スキルや魔法は使えるのか。」
この世界のパラメーターの適用はあくまで『パラメーターを持った者同士』で行われる。
魔法攻撃力が高い人と魔法攻撃力が低い人が生活魔法の一つである『点火』を使って薪に火を付ける際、どちらも同じくらいの速度で火を付けることができる。
それと同様にスライムがゴミを消化するのは問題ないだろう、とオルスは語る。
「うん、問題は無さそうだしスライムを召喚しまーす。」
制御盤を操作しスライムの召喚をする画面へと切り替わる。
そこに表示されたのは召喚時のオプションを設定する画面だった。
どうやらスライムの色、大きさ、知能レベル、行動パターンなど、様々な項目を調整することが出来る機能だった。
知能レベルや行動パターンなどのモンスターの強さに直結する項目をいじると消費DPが上下するようだ。
しかし、『【怠惰】の烙印』の効果で1DPで召喚できる【怠惰】はその影響を受けない。
とりあえず知能レベルを最大にしてみる。
前代未聞の頭がいいスライムの誕生である。
スライムに頭はないが。
一通り設定を終えた【怠惰】だったが、最後に気になる項目を見つける。
□消費DPを100倍にして『魔力の渦』にしますか?
1DPを100倍にしても100DPである。
特に何も考えずに魔力の渦として召喚することにした。