60、【怠惰】と空飛ぶ魔術師
「っんく、そういえばギルドマスターさんの名前って聞いてなかたけど大丈夫だったかな?」
そんな今更な疑問を思い出したベルは、口に入れた総菜パンを飲み込んで質問した。
幾度となくギルドマスターと声に出してきたが、あくまで『ギルドマスター』は冒険者ギルド内の役職であり、当然ながら彼の名前ではない。
「そういえば名乗っていませんでしたね。ギルドマスターはノーツさんと言う名前ですが、今まで通りにギルドマスターで問題ないですよ。」
「ギルドマスターはああ見えても町長も兼任しているから、周りからの呼ばれ方一つも気にしないといけないって言ってるんだ。『ノーツさん』より『ギルドマスター』の方がお偉いさんっぽいだろ?」
「うわぁ、体は大きいのに心が小さい。」
ベル、流石に言い過ぎである。
この世界における外交手段として見栄を張った態度というのはアリなのだ。
相手を下からヨイショするのも手段の一つだが、相手になめられない態度を取って自分が格上だと印象付けることによって会話の主導権を握るという手法はこの世界では基本の一つなのだ。
『ギルドマスター』という役職名で呼ばせることで互いの上下関係を常にハッキリさせるというノーツの本当の思惑も一つの応用である。
「じゃあ魔術師ギルドのギルドマスターも『ギルドマスター』って呼ぶの?両方とも同じ名前だと混乱しちゃうけど。」
「それは大丈夫なんだな。魔術師ギルドのマスターはお堅い事がキライで、自分の名前も『ちゃん』付けで呼ぶことを推奨しているくらいなんだな。」
「それは何というか……組織のトップに立つ人間としてはラフ過ぎないかしら?」
「魔術師ギルドはいわば研究者の集まりだから、よほど性格に難がない限りは実力と実績でトップが決まるんだな。」
冒険者ギルドはモンスターという不確定な要素を相手取っている組織であるため、本人の純粋な強さだけではなく緊急時における要領の良さや人望など、求められる能力は多岐にわたる。
緊急事態を前にしても冷静な判断を下し、少しでも被害を抑えることが冒険者ギルドのマスターの仕事だ。
マスターの采配に手違いがあると被害は瞬く間に広がってしまい、最悪の場合では町一つの被害では止まらなくなってしまうだろう。
対して魔術師ギルドでもモンスターを研究することがあるが、それはあくまで死体や素材などの危険性の少ない状態になったものを対象としている。
対象物が鋭利であったり、猛毒が含まれていたり、魔力を込めると爆発を引き起こすものがあったり、研究というものは直接モンスターと戦う事とは違う意味での危険が伴う作業ではあるが、それらの作業が失敗したことにより被害を被るのはほんの数名である。
必要な能力と責任の大きさ、それがこの二人のギルドマスターの違いなのである。
「そういえば魔術師ギルドのマスターはモンスターが大好きだったはずなんだな。珍しくて友好的なベルたちの事を知ったらきっと飛んでくると思うんだな。」
「ん?人間でモンスターが大好きなのって珍しいの?」
「ええ、とっても稀だと思いますよ。私もモンスターの生態は勉強していますが、あくまでモンスターの不思議な構造について興味があっただけでモンスターそのものは好ましく思っていませんでした。ベルたちと出会えたおかげで少しだけ考えを改めましたけどね。」
そう言って笑うテムジンの口の横はチョココロネから飛び出したチョコで少し汚れていた。
それを見た他の五人もつられて笑い始めるのであった。
「…ん?」
「どうした、タージャ?」
「何かが、町の方から、来てる気がする。」
いつも以上に曖昧な言い方のタージャだが致し方ないだろう。
モンスターであれば町の方からは来るはず無いだろうし、冒険者ギルドのマスターが帰ってきたのであれば大勢の人手を連れてくる手筈になっているハズなので少しおかしい。
やがてタージャが気配のする方に指差しするが、その方向はなんと空であった。
「何だ、鳥か!?」
「飛行機か!?」
ジャンの声にベルも合わせるが、当然のことながら飛行機を知っているのはベルとフェゴールだけである。
しかし飛行機という表現は当たらずも遠からずであり、こちらに空から向かってくる人影は土魔法で形作った翼を広げて火魔法と水魔法によって発生させた水蒸気を風魔法で一方向に集中して送り出すことで、まるでジェット機のような飛行を行っていたのだ。
この世界ではこの四つの属性魔法は『四大元素』と呼ばれ、他の魔法よりも習得しやすく汎用性も高い最もポピュラーな魔法でこそあるが、その四属性全てを扱える人は少なく、ましてや四属性全てを同時に使用した魔法などあまりに規格外である。
もっと言えば宙に浮くことが出来る【浮遊】や、歩く程度の速度で空を飛べる【飛行】という魔法も存在している。
それらを使用せず魔力消費の激しいであろう四属性の飛行を行う理由はおそらく一つ、少しでも早く移動するためであろう。
あれほどの高度な魔法を扱うことが出来て、なおかつ素早くこちらに向かいたい人影。
ここまで条件がそろってしまえば該当する人物の特定は容易であった。
「いや、アレは……魔術師ギルドのギルドマスターだ!?」
「「えええええ!?」」
トントンが予想した通り、文字通りに飛んできたのは魔術師ギルドのマスターであった。




