6、【怠惰】の悩みを聞く冒険者
そんな3人の様子にかまわず右手を前にかざし魔法をいつでも撃てる態勢を整えた。
「そのまま下がってくださいぃ、わ、私は多分無詠唱で魔法を撃てますよぉ!」
全く説得力がない。
確かに最初に『転移』を使用したときは実質の無詠唱だった。
だが他の魔法も無詠唱で撃てるか、3人がバラバラに攻めてきた場合に対応できるかなど【怠惰】にも分からない。
『忘れられた黄金』の3人もまた、声の震えた少女の言葉を完全に否定する要素は無い。
こちらに向けられたオッドアイとヘッドドレスに隠されたツノだけでも、少女が只の人間ではないと容易に推測できる。
であれば魔法に長けていても不思議ではない。
完全なるハッタリではあるが、お互いに可能性はゼロではない。
無詠唱の魔法が本当に撃てるか分からない【怠惰】と、本当に撃ってくるかもしれないと思っている『忘れられた黄金』の間で沈黙の時間が流れた。
「…」
「…」
「…」
「…もう!これだけ町から遠くに住んでいれば、ダンジョンなんて作らずに毎日ダラダラできると思ったのにぃ!」
「よし、ちょっと話し合おうか。」
どれだけのにらみ合いが続いたか、長い集中と緊張に慣れていない【怠惰】がついに根負けしてしまった。
つい吐いてしまったその内容があまりにもアレだったため、オルスが真顔で、いや、少し目が笑っているが、とにかく会話を求めた。
「えーと、俺の名前はオルス。
ほら、お前たちも。」
「え?あー、私はエストリアよ。」
「…ハーデスだ。」
「え、えーと?【怠惰】のダンジョンコアです?」
名乗られたからにはきっちり返事をする【怠惰】、案外真面目なのかもしれない。
何故か疑問形になった自己紹介だが、そこにはオルス達が聞きなれない単語があった。
「その【怠惰】とダンジョンコア?ってのはどっちが名前なんだ?」
「そっか、【怠惰】の属性を持ったダンジョンコアってことだからどっちも名前とは違うのか。
あ、ダンジョンコアはダンジョンを作ります、はい。」
「そのダンジョン作るって所をもうちょい詳しく。」
「例えばーですね、こんな感じですよぉ。」
ボフンッ!!
自身の能力ではなく、分かりやすいように壁の制御盤を使って目の前にベッド(1DP)を作り出した。
「うぉ、急に出すんじゃねぇ!」
「…ダンジョンではなく家具だな。」
「柔らかそう…えーい!」
ポフーン!
そんな二人をよそにベットに大の字で飛び込んだエストリア。
「…何をしている、エスト?」
「ゴメゴメ、でもすっごいよコレ!こーんなにフカフカ!」
「うわぁぁぁ、私もまだ入ってないのにぃ!えーーーい!」
ポフーン!
「きゃぁぁぁ!」
エストリアの上に【怠惰】がのしかかる。
「ぎゃぁぁぁ!」などと言っているが【怠惰】の体重は見た目通り軽いため、ただのノリで言っているだけである。
「んじゃ俺も飛び込まさせてもらうぜ。」
「オルスは『洗浄』を使ってからね。」
「あー、何となく分かりますぅ。」
「何でだよ!」
エストリアの皮肉に同調する【怠惰】。
もはや最初のピリピリしたムードはどこかへ行ってしまったようだ。
しばらくして…
「はむはむ…ダンジョンに入った人間の感情を糧にするってのはよく分からんが、こんな柔らかくておいしいパンが出せるんなら確かにダンジョンを作らなくても何とかなるかもな。あ、もう一個あんぱんを出してくれ。」
「はいはいどーぞ。」
「…すまない、こちらもインスタントラーメンを一つ。」
「ハーデスがおかわりなんて珍しいわね、アタシはプリンね。」
「はいはいどーぞ。ラーメンはお湯が沸くまで待ってくださぃ。」
さっきまで何も無かったコアルームにはテーブルとイスが並べられ、【怠惰】の出せる範囲の食事が振舞われていた。
【怠惰】が出すことのできる食事はそのまま食べれる物か、調理する物もお湯を入れたり混ぜたりする程度だった。
それでも『忘れられた黄金』の3人にとってはどれも見たことがない食べ物ばかりだった。
見たことが無いものは食べ物だけではない。
オルスが見たシャワーもそうだったが、お湯を沸かすために使っているカセットコンロも彼らが見たことが無い物だった。
いや、正しくはどれも『この世界には存在していない物』なのだが。
そして当然ながら、これらの食事から出るゴミもまたこの世界の物ではない。
パンを包装していた袋、インスタント麺の袋、プリンの器。
これらのゴミの処理に頭を抱えるのは意外にも【怠惰】だった。。
「うーん、1DPで買えるのはお手軽ご飯とダラダラグッズだけなのかぁ、ゴミ袋は1DPじゃないみたいだし…
ゴミの処理をどうしたものか。」
いくら【怠惰】といえど、高く積まれたゴミの上でハエや黒いアイツと共同生活は望んでいない。
ダラダラするにも最低限の線引きがあるのだ。
そんな独り言を聞いてオルスが閃いた。
それは【怠惰】の悩みを解決しつつダンジョンコアの能力を確かめる妙案であった。
「なぁ、ダンジョンを作っているってことはモンスターも出せるんだろ?」
「そうみたいだねぇ、必要ないからまだ出したことないけど。」
モンスターを出していないせいで冒険者の侵入を許しているのに、必要ないと言い切るのはどうなんだとオルスは苦笑いをする。
とはいえ、これから提案するモンスターも単純な戦闘力なら最底辺であり、農民でも駆除が出来るモンスターなのだが。
「どれも見たことないゴミだけど、スライムだったら処理できると思うぞ。」
これが、このダンジョンの代名詞ともいえる存在になるスライムとの出会いであった。