55、【怠惰】と歩く太陽
オルスたちと別れて再び大樹海の中を歩き始めたベル一同。
彼らが見えなくなってからしばらくしたタイミングでフェゴールは黒猫の姿から元のゆるふわドレス姿に戻ったが、ベルの方は冒険者風のファッションを気に入ったのかこのまま着続けるつもりのようだ。
数時間程の間歩き続けた頃、ベルの格好が変わった時のように大樹海の風景もまたガラッと様変わりし始めていた。
「あれれ、切り株がいっぱいあるよ。」
ある一線を超えたあたりから天井を覆っていた緑色の屋根は途切れ途切れとなり、それを支えていた茶色の柱は根元近くで伐採されていて切り株が残るのみとなっていた。
全ての木が伐採されている訳ではないものの、わずかに差していた程度の木漏れ日はいつの間にか全身で浴びることが出来るほど大きなものとなっていたのだ。
先ほどまで肌に感じていたジメジメとした湿気も暖かな日差しと風通しの良さのおかげですっかりと感じなくなっていて、地面に広がる草花も元気そうに広がっていた。
「先ほどのサントの歴史の話を覚えていますか?」
「えっ?えーと、壁を作る為に人が集まって、樹海の木を切ってお金に換えて…あっ。」
「その通り、町の周辺にある木々は町の人々によって伐採されています。つまり町までもう少しの場所まで来たという事ですね。」
「ほんとにっ!」
「ええ、本当です。」
「うぅぅ、やったぁ!!」
町まで近いというテムジンの言葉を受けてベルはその喜びを体全体で表現するかのようなオーバーリアクションをしていた。
それもそうだろう、旅慣れた冒険者であっても大樹海を通り抜けるのは一筋縄ではいかないものであり、普段運動をしないベルからすればその達成感は相当であるのだ。
踏み固められていない柔らかな土の上を歩き、時には崖のような坂道を乗り越え、時にはモンスターと戦い、この途方もない道のりを延々と歩き続けてきたのだ。
本来であればここに食糧問題もプラスされるところだったが、ベルが持ち込んだ大量のコンビニ飯のおかげで食べる物には困らなかったのは間違いなくベルの功績であろう。
しかしピョンピョンと跳ねて喜びを表現しているベルの傍に立つ『蒼天の探求者』たち四人の顔は明るいものではなく、またフェゴールもその理由を察していたのであった。
「…ベル、ちょっといいか?」
「ん?なーに?」
何かを説明する時はテムジンが話した方が伝わりやすいが、この話題に関してはリーダーであるジャンが代わりに話すようだ。
「えー、何て言えばいいのか…そうだな……ここまでよく頑張ったな。」
「え、そ、そうだね!途中からどうなるかと思ってたけど皆のおかげてここまで頑張ったよ。やっぱり冒険者ってすごいんだなーって思ったの。四人とも強くて知識もあって、そしてとっても優しくて──」
「──冒険者全員が優しい訳じゃない…」
「…え?」
普段は聞かないような吹雪のように冷たい声で、だけどやっとの思いでひねり出したかのようなジャンの声に対してベルも凍り付くかのような寒気を感じてしまった。
「冒険者っていうのはモンスターと戦うことが多い職業だ。たとえベルとフェゴールがどれだけ上手に人間の中に溶け込もうとしてもすぐに見つけて問答無用で……剣を向けてくるだろう。ここまで手を取り合って一緒に付いてきた俺たちの方が異常なんだよ。たとえエンシェントドラゴンの件のお礼だったとしても、だ。」
人間の町に行ったことがないベルではあるが、結論が分かりにくいジャンの説明でも彼が何を伝えようとしているかすぐに分かってしまった。
何かに例えるとすれば陸と海、身近に有るが故に気が付きにくい別世界。
モンスターのテリトリーと化している大樹海に人間が立ち入ることをモンスターが許容しない事と同じように、人間の作り上げた領域である町にモンスターが立ち入ることを人間は認めない。
人間側がどれだけモンスターの事を嫌い恐れているのかをベルには想像することはできないが、最低でも樹海の全周に防壁を設けてモンスターを隔離しようと考える程度に両者には深い溝があるのだろう。
「今更言う事でもないのは百も承知だが、俺たちが最初に言っていた魔術師ギルドに預かってもらう案もあくまでそうなったらいいなでしかないんだ。」
「本当に今更過ぎるよ、どうして…」
「旅の間にお前たちの事が好きになったからだ。」
「…へ?」
唐突な告白に気の抜けた声を返してしまったベル。
「……いやいやいや、そうじゃない!愛の告白って意味の好きじゃなくて好意の方だ!一緒に樹海を歩いたり、一緒にモンスターと戦ったり、一緒に飯を食ったり、そういうのがいいなって本気で思ったってだけだ!」
懸命に否定しているジャンだが、その内容はまさに愛の告白そのものにしか聞こえない。
対してベルはジャンが、いや、『蒼天の探求者』の全員が本気で心配してくれていると知り、体のどこかがポカポカしてくるかのような感覚を体験していた。
本気で心配しているからこそ冷たく突き放してしまおうと考えたのであろうが、気が付いてしまえばその真剣さが逆に好感に変わってくる。
そして好感を持ってしまったことでベルの中に元々あった一つの感情がより強くなってくる。
この四人とまだ別れたくない。
「ありがとう、でもごめんなさい。」
「…ベル?」
「私皆の事が大好きだから、だから帰りたくない。どれだけ辛くても私が満足するまで皆に付いて行くんだから!」
「ベル…」
「ベルちゃん…」
「なんだな…」
「…」
言葉だけを見ればジャンの提案を断った形なのだが、ジャンを含む四人の顔はどことなく嬉しそうで、表情の変化が少ないタージャからも歓喜が伝わってくるかのような顔つきになっていた。
そもそも『蒼天の探求者』たちが本気でベルを止めるつもりだったらこんなギリギリになってから声をかけるのは理にかなっていない。
まだ帰り道が分かる初日や疲れで挫けそうになっていた5~6日目くらいに提案すればいいのである。
そしてそうしなかったという事は彼らもベルとは別れたい訳では無く、ただ単純にベルの覚悟を再確認したかっただけなのであった。
「よし分かった、こうなったら俺たちも最後まで面倒見てやる!」
「ええ、私たちが居ないとベルが迷子になってしまいますからね。」
「そのお礼にいっぱい美味しい物を貰うからベルは気に病む必要はないんだな。」
「トントンは、そればっかり。」
「…ふふっ。」
唐突にいつもの調子に戻ったジャンたちを見て思わず笑みが零れてしまったベル。
「じゃあそろそろ行くか、俺に付いて──」
「──その必要はない。」
「…え?」
ジャンの鼓舞を遮る声、それは町の方角から歩いてきた。
足元に広がる雑草を力強く踏み固めるような力強さで一歩一歩近づいてくる人物。
光の角度によって若干見えにくくなっていたその人物のシルエットだが、ベルの目にはこのように映った
「た、太陽が、歩いてくる!?」
「バカモン、それはワシのスキンヘッドだ!!」
「「「「ギ、ギルドマスター!?」」」」
こちらに近づいてきていた人物は光をよく反射する頭を持つ、冒険者ギルドサント支部のギルドマスターであった。
笑いを挟まないとシリアスが書けないのは一種の病気だと思います(爆




