5、【怠惰】は鈍感
罠を無警戒で全力疾走したため、あっという間にコアルームにたどり着いた3人。
「おいおい、第一階層の二部屋目でボス部屋かよ。
罠どころかモンスター一匹すら会ってないぞ。」
ダンジョンコアにとってコアルームと呼ばれているフロアは、人間達の間ではボス部屋と呼ばれていた。
名前の由来は読んで字の如く、見たこともない新種のモンスター(ダンジョンコア)が大勢のモンスターを引き連れて襲い掛かってくるからだ。
大体の冒険者はこの部屋で迎撃されてしまうのだが、数匹だけボスの撃破記録があった。
ボスが撃破された後、他のモンスターは消滅しダンジョンの罠なども作動しなくなる。
また、宝箱の中身も新たに補充されなくなり、ダンジョンがダンジョンたりえる条件が全て無くなるため『ボスが討伐されるとダンジョンが死ぬ』などと表現されるのである。
そのため最近ではボスらしき新種のモンスターは撃破しないのが一部の冒険者の間で暗黙の了解となっている。
ダンジョンが生きていればモンスターの経験値や素材、宝箱のアイテムなどで儲けることが出来るが、一度ダンジョンが死んでしまうと二度とそのダンジョンで稼ぐことが出来ないのだ。
とはいってもダンジョンの生死の概念を信じているのはオルスの様な知識とロマンを持っている者だけなのだが。
「でオルスー?このダンジョンのボスがボス部屋に居ないんだけど?」
「そうなんだよなぁ…発光現象が起きた直後にはボスが居ないとか?
でもダンジョンの生死に関わっているんならダンジョンが生まれたのと同時にボスも居ないと辻褄が…」
「…まだ先に進めそうだぞ。」
「ん、なんだって!?」
まだ先が続いていることにハーデスに指摘されるまで気が付かなかったオルス。
だが決してオルスがポンコツだったからでは決してない。ないハズ。
なにせコアルームの先に道が続いているなんて聞いたことが無い。
もう一度言うがダンジョンコアの戦闘力が強化されるコアルームは本来最終防衛ラインであり、その後ろに部屋を用意する意味がない。
一応、転移を使って他のフロアに逃げれるようにする緊急脱出用のフロアといった使い方はできるが、その発想に至ったダンジョンコアは今のところ居なかった。
「よし、俺が見てくる。
ここにボスが戻ってくるかもしれないからお前たちは待機しててくれ。」
「ちょ、また勝手に!?」
オルスが走るが、すぐに通路の突き当りに到達し足を止める。
そこにはダンジョン攻略を開始してから初めての扉があった。
「少し湿気が漏れてるな、水辺でもあるのか?」
考えるのはそこそこに扉に手をかけ、ゆっくりと開く。
そのフロアは人一人が入れる程度の狭い空間だった。
そこには変な筒から出る水、いや、お湯を浴びている一人の少女がいた。
身長は高くても150センチ程度しかない子供らしい外観だが、怪しげな印象を与える紫色のショートカットにより大人の印象も与える。
よくみると、その髪の毛の隙間から2本の小さな黒いツノが生えている。
(ツノが生えている…?人間ではないのか?とすればこのチンチクリンがボスだと?
っといけね!?)
人間には絶対にありえないツノに対して思考していたが、相手がスッポンポンであることに気が付いたオルスは素早く、かつ音が鳴らないように扉を閉めた。
一瞬の判断でありながらスキの無い扉の扱い、ここにきてようやくBランクらしい動きが出来たオルスであった。
「…どうだった?」
「なんて言ったらいいか…ツノの生えた子供が湯を浴びていた。
多分ボスだろうが…なんつっか、あんなに無警戒な奴がボスだと思えないというか。」
先ほど見た少女のことを思い出しながら歯切れ悪く答えるオルス。
実際コアルームで3人が普通に会話しているのに、それどころか扉を開けられたのに、あの少女は全く気が付いた様子がなかった。
本当に彼女がボスなのだろうか?
そう思いながらまた考え込むオルス。
だが、女性のいるパーティで言ってはいけない単語をポロっと口走ってしまった。
「湯を浴びてたってお風呂!?アンタ覗いたの、こーのバカオルス!!」
スパコーーーン!!
ボスか人間かはさておき、『少女の裸を見た』とほぼ言っているようなオルスの言葉にエストリアが同じ女性として怒りを露わにしたのだ。
どんな攻撃をすれば『スパコーーーン!!』なんて音がするかは永遠の謎だが。
「ッいってぇぇぇぇぇぇ!!違う、誤解なんだぁ、俺は──」
「ッ!?に、人間!?
ここって町から十日は離れているんじゃなかったのぉ!?」
子気味の良い打撃音と痛みに悶絶する声でようやく気が付いた【怠惰】がわめき散らした。
現れた少女は先ほどの姿ではなく、すでに珍妙な意匠の服を身にまとっていた。
足元は歩きにくそうなブーツ。
白と黒が交互に入り混じるソックス。
黒のスカートの内側から白いレースがチラリと顔を覗かせる。
コルセットにより細身に見える腰回りと、それと同等くらい凹凸のない胸元。
彼女が人間ではない事を主張していた黒いツノは紫色のショートヘアーの上から付けたヘッドドレスによって隠れていた。
その代わりなのか、驚きに見開かれた彼女の右目は赤、左目が青のオッドアイだった。
はしゃぎ過ぎてしまったオルスとエストリアは自らの過ちに身を震わせる。
ハーデスも二人に鋭い視線を送りながらも苦笑いするしかなかった。