23、【怠惰】とスライムプール再び
朝食を食べ終えた後のベルは様子がおかしかった。
いつも通りゴロゴロしながら本を読んでいても体の回転数だけが増え、読んだページ数は全然増えていない。
気分転換にオセロで遊んでみるが、どこかもやのかかったような思考では楽しむことができない。
いっそ今日は寝てしまおうとベッドに向かうも、全く寝付くことが出来ない。
ベッドの中でうずくまるベルが感じていたのは恐怖心。
それも目の前にある恐怖ではなく、いつ訪れるかも分からない遥か遠くの未来、もしくは明日にでも起こりうる近い将来への恐怖心。
見えている恐怖よりも見えていない恐怖のほうがじわりじわりと、しかし確実に精神を蝕んでゆくのだ。
そして、見えない恐怖に脅かされているのはベルだけでは無かった。
(ベル……私が余計なことを言うから……)
ベルがふさぎ込んでしまった原因を作ってしまったフェゴール、彼女もまた先の見えない暗闇を歩くが如くの不安を抱えていた。
とは言えフェゴールの提示した食の問題は遅かれ早かれ露呈していた問題であり、この事を隠しておく方が後々に響いてくるのだからむしろファインプレーと言えるほどの働きではあったのだ。
ただ理論的に考えるフェゴールと、感情的に考えるベルの価値観がすれ違った。たったそれだけの事なのである。
(とにかく今は食糧問題よりもベルの事が優先かしら……)
基本的には理論的なのだがベルの事になると感情的になるのは姉妹という設定だからなのか、はたまた本物の姉妹だと思っているからだろうか。
フェゴールは姿勢よくイスに座ると制御盤を操作し始めた。
(ベルがマーブルウルフの防衛に使ったスライムプール、アレを文字通りのプールとして使えないかしら?スライム達に体を浮かせてもらえば今のベルでも十分気分転換になるはず…いっそ流れるプール風にした方が楽しそうかもね。)
それは流れるプールと言うより流されるプールと言った方が正しい気がするが。
ともかくフェゴールが計画しているのは最初のフロアを拡張した後、25mプール程度の大きさの穴をど真ん中に配置して、その中に現在ダンジョン内に溢れかえっているスライムの一部を配置するという計画だ。
フロアは新しく作るのはDPが高くつくが拡張するのはそれほどでも無かった。
プールは縦向き、ちょうどダンジョンの入り口とコアルーム側の通路が飛び込み台がある面となる。
最もダンジョンの地形の変更では飛び込み台程度の細かい段差までは設置できなさそうだったが。
なおこのプールに飛び込むと、その衝撃でスライムが消滅するため地面に激突することになる。
25mプールを知っている者に対してはとてつもないトラップなのだが、『忘れられた黄金』たちのアンパンやコンロに対する反応を見る限りはこの世界の住人には通用しなさそうだ。
しかしベルもフェゴールも、自分たちが異世界の道具を召喚し使用していることや、異世界の施設の知識を有していることは今のところ無自覚であった。
「うわぁい!!プールだあぁ!!」
もちろん声の主はベルである。
今にも泳ぎたそうにウズウズ、それ以上にワクワクしているのを全く隠そうともせずにはしゃいでいる。先ほどの見えない恐怖への不安は一瞬で吹き飛んだようだ。
「水じゃなくてスライムだから飛び込んじゃダメよ。」
「はーい!」
目の前にあるのはまさに25mプールそのもの、底を出来るだけ滑らかに仕上げ水色で塗装している。
余裕をもって広げたプールサイドには休憩用のイスが並んでいるが、あくまでダンジョンの機能のフロア拡張の延長線上なのでプール端の手すりを付けることは出来なかった。
そして当然の如くダンジョン防衛の役に立つような仕様は無い。
しいて言えばプールが邪魔でコアルームにたどり着くまでに迂回しなければならない程度。ただの広間よりはマシではあるがそれまでの事である。
そのプールを前にベルは自らの服に纏わせてある魔力を操作して水着姿へと一瞬で変身してみせた。露出の少ないワンピース風の水着はよく言えばカワイイが悪く言えば子供っぽいデザインであり、ともかくベルにはよく似合う代物だった。
「ひゃう、冷たーい!」
着替え終えたベルは早速プールサイドに座り、ゆっくりと体をスライムプールの中へと沈めていく。
ある程度沈めたところでスライムによって体が浮き上がる感覚が訪れると、ベルが体を動かすことなくそのままプール内を遊泳し始めた。
「すっごーい!勝手に動いてる!?」
プールの中を縦横無尽に動き回る、いや、動き回らされていながらもワーワーキャーキャーと大はしゃぎだ。スライムの感触といったものは特に感じず、ただの水流に押されているように感じるため嫌悪感なども特にない。
大きく振れ動く水面に映り込む光と同じくらいベルの笑顔も輝き渡っていた。
そんなテンションが上がってきたところでベルはついついバタ足をしてしまう。
躓いただけで倒せると評価されている【怠惰】のスライムの上で。
「あ…」
「あ…」
ベルのバタ足を食らったスライムは消滅した、元からそこに何も居なかったかのように。
フェゴールはやってしまった、と後悔した。
ベルを元気付ける為に用意したプールで、ベル自身が召喚したスライムを攻撃して撃破させてしまった。
マーブルウルフの一件を考えても、心優しいベルが落ち込む要素を一つ増やしてしまった、と思うと急に眩暈がしてくるような錯覚に囚われてしまったのだ。
だが、ベルが呆気にとられたのはスライムを倒してしまった事ではなく、それとは別の理由であった。
「レベルが…一気に二つ上がった…?」




