18、冒険者と人の来ないダンジョン
♢♦♢
そのころ『忘れられた黄金』は…
「アイツと…ベルと別れてからもう一週間経ってるんだな。」
「そうね、だから町まではあと三日ね、真っすぐ町に向かっているんならだけど。」
「っだぁ~、俺が悪かったっての~。だから何度も嫌味を言わないでくれって~。」
「フーンだ。」
薄暗い木々の中に差し込む僅かな木漏れ日を頼りに大樹海を進むオルスとエストリアは相変わらずの様子で、二人の分も周囲を警戒しているハーデスは何度目かのため息をつく。
こんな調子だが、これがいつも通りである。
現在彼らは先ほどの会話の通り町に戻っている訳ではなく、オルスのワガママによって違う場所へと向かっていた。
「ほら、もうちょっとで地下渓谷に着くからな、だからもうちょっと頑張ってくれ!頼む!」
「…フーンだ。」
「頼むよ~、エストリア~。」
その場所は地下渓谷。
正式名称は【翠玉の地下渓谷】であり、その正体は洞窟型の大型ダンジョンである。
翠玉という名前の由来は、ダンジョンとしては珍しく土や岩が露出している壁からエメラルドが採掘できるからである。
この世界におけるエメラルドはただの緑色の宝石にとどまらず、風の属性を含んだ魔石としての需要も存在している。
魔石は読んで字の如く『魔力を含んだ特殊な石』であり、風属性という属性は他の属性と比べて安定して使用できる属性なので人気がある。
火属性の魔法は森などで使用すれば火災の原因になるため自粛しなければならないし、水属性(氷属性)や土属性は、氷槍や石弾など主に物理的な衝撃を与える魔法なので相性によっては戦いにくい場合もある。
そのため、場所による制約もなくどの相手にも手を変えずに攻撃できる風属性の魔石であるエメラルドは、多くの人々が欲しがる魔石であった。
しかし現在、ここのダンジョンで採掘作業を行っている者はおらず、冒険者ですら近寄らないほどの場所となってしまっている。
理由は簡単、このダンジョンの難易度が高すぎるためにエメラルドはおろかモンスター素材をもって帰還することすら困難だからである。
洞窟内に入ると目の前には切り立った崖が広がっていて、その外周部分を伝いながら進む通路となっている。
通路の幅はそこまで広くはないしデコボコとした地面が続いていて足元が不安定、そんな悪路を進む者を阻むモンスターの大半は空を飛んでおり、さらに風魔法による遠距離攻撃ができるモンスターが渓谷を挟んで反対側の通路に陣取っていたりと、全体的に地形の悪影響を受けないモンスターで構成されている。
そして運悪く通路から足を踏み外せば崖下が見えないほどの暗闇へと吸い込まれてしまう。
さらに、この崖から落ちてしまえば命の保証はないという恐怖が、常に真横に待ち受けていることによる精神的疲労も大きな敵になるのである。
ダンジョンコア側の視点でいえば、ダンジョンを経営するうえで重要な『人間を接待する』ことが抜け落ちたことによって衰退してしまったダンジョン。
それこそがこの翠玉の地下渓谷なのである。
「…で、どうして翠玉の地下渓谷に向かっているんだ?」
当然の疑問を口にするハーデス。
しかしオルスから帰ってくる答えは一つ。
「ま、着いてからのお楽しみってことで。」
たったこれだけであった。
エストリアの機嫌が悪いのも、もう聞き飽きるほどに聞いたこの台詞のせいである。
なのでオルスの横腹にエストリアの肘鉄が炸裂したのも仕方がない事なのであった。
それから数時間。
翠玉の地下渓谷の入り口にたどり着いた3人。
付近には宿代わりの小屋や、採掘したエメラルドを運搬するためのレールとトロッコなどの人工物が点在しているあたり、流石はかつて話題にはなったダンジョンと言ったところだろう。
だが、それらの施設や設備を管理する者は居るはずもないため、小屋の壁の木材が朽ちていたり錆びたレールの臭いが鼻を刺激したり、どこを見渡しても寂れた印象を受けてしまう。
小さな村とも言っていいほどのこれらの施設も、ダンジョンの難易度が高すぎるという理由だけで簡単に手放されてしまう。
それも致し方ない、なにせ魔石と人命を比べれば人命のほうが遥かに重いのだから。
「こりゃヒデェな、今まで見た中でダントツでヒデェ。」
足元の腐った枕木を観察しながらそう呟くオルス。
ダンジョンの周りにこういった建物が立ち並び、村や町程度の規模になるのはそこまで珍しい事ではない。
町から離れた場所にあるダンジョンの近くに休憩所という名目で小屋が建ち、ダンジョンの人気が高まり多くの冒険者が集まりだせば、休憩所は大きくなり町にある宿となんら変わりない規模になる。
そこまで宿が大きくなれば宿を経営するための働き手が常駐するための家が建つ。
家が建てばその場所で暮らしていくための畑を作り、畑を作るための農具やその他日用品を売る商人もやってくる。
このように人が集まれば各々が目的のために開拓を進めていくのだ。
だが、この翠玉の地下渓谷の周りに建つ家が小屋止まりで錆びたレールも使用した形跡が無いまま朽ちている。
これらの情報だけでこのダンジョンの不人気さを感じることが出来るのは、冒険者として多くのダンジョンを渡り歩いてきた『忘れられた黄金』だからこそだろう。
しつこいようだが彼らはBランクなのだ。
大樹海の中で無警戒に話し込んでいたり、ダンジョン内で唐突に走り出したりしているが何故かBランクなのだ。
「それで、こんな寂れた場所で何をするつもり?」
「…まさか攻略するつもりか?」
ずっとはぐらかされ続けられていたエストリアとハーデスがそれぞれオルスを問い詰める。
が、オルスの答えは意外なものだった。
「いいや、ダンジョンに入るつもりは無いぜ。」
何を言ってるの、と言わんばかりの表情のエストリアに構わず、オルスは大声で叫びだした。
「多分見てるだろうココのダンジョンコア!俺は色んなダンジョンの成り立ちや知識が知りたい!だから俺と交渉しようぜ!あ、戦闘は無しな、ただ話すだけだ!」
エストリアとハーデスはオルスの奇行に思わず頭を抱え込む。
当の本人であるオルスは何故かドヤ顔である。
【怠惰】のダンジョンコアであるベルからダンジョンコアとダンジョンの関係を聞いていたオルスは、ベル以外のダンジョンコアにも会ってみたいと思っていた。
だが、それを他人に見られるのは色々マズい気がしたので、とりあえず人が出入りしないであろうダンジョンである翠玉の地下渓谷を選んだのだ。
しかしオルスは『ダンジョンコアの糧は人間の感情である』事もベルから聞いている。
そのためダンジョンコアがすでに死んでいる可能性も考えていた。
…
……
………
暫くの間この場を沈黙が支配し、オルスが諦めの表情で踵を返そうとしたその時──
ふわり、と。
休憩小屋の屋根の上に、転移魔法で現れたのは一つの人影。
まるでエメラルドのように透き通る緑の瞳に合わせるかの如く、髪、服装、手に持った大型の槍に至るまで全身緑色で統一された女性。
そんな彼女が全身に風をまとい、屋根から飛び降りる。
風をまとったおかげか、まるで綿毛のようにゆったりとした速度で地面にたどり着く。
そうして目の前に立った女性に対して感じたオルスの第一印象、それは──
「全身緑って、なんかネギみたいだな。」
そんなしょうもない事だった。




