158、新米戦:一刀両断
大きく幅を取った一歩を踏みこぶたびに掛かる振動を全身のバネで受け止め流し、踏み出した足が足から離れるたびに掛かる浮遊感に身を任せて全身を前に射出した。
力を込めることによって大きく飛び出したその身体はまさに矢の如き加速度で敵に向かって飛来する。
その遥か後方に頭を抱えるミントの姿があった。
「モ~ロ~ハ~、囲まれたから一点突破で突き崩すってのは分かるけど何で正面に抜けるのよ~。後衛のアタイたちの事を忘れんな~。」
「あははー、モロハちゃんのワンマン前衛っぷりは相変わらずっスね。」
「とっても強いですけど連携だけは苦手みたいだからね……」
ミント、ココア、バニラの田舎娘三人組がモロハと出会い冒険者として活動していた約一ヵ月の間にも何度か戦闘経験は積んできたようだが、パーティ唯一の前衛であるモロハの評価はバニラの言う通りの内容であった。
いや、そもそもを言ってしまえば盾を持たない前衛が後衛を守る為に立ち振る舞う事自体が難しいのだから仕方がないとも解釈できる。
守る事が出来ないのであればせめて先手必勝で多くの敵を倒してしまう作戦も、魔術師が充実しているこのパーティの方針としては悪くはない。
だがモロハの立ち回りはそれらの戦術的な意図を含んだものでは無く、ただ目の前の敵を切り捨てるだけの直情的な動きであった。
つまりモロハは前に出過ぎて後衛からの援護が届かない場所で孤立しても気にしない性格であり、今もまさに絶賛孤立中という訳である。
「全く、アタイたちの後ろの二体が見えてないのかしら。」
「多分見えてないっスよ。」
そんな後方のガヤガヤは一切気にせず、最高速度に乗ったモロハは前方のシスター姿のシャドウに向かって刀を振り上げる。
それに対するシャドウは両手を正面で交差してガードの構えを選択した。
動きの少ない受けを選んだシャドウだが、モロハに狙われている以外の三体のシャドウが同時にモロハに向かって動き始めた。
どうやら正面の防御を固めたシャドウを囮に使い、攻めの手が止まった瞬間をモロハの左右と後ろから仕掛けるつもりのようだ。
赤く光る瞳には確実な勝利が見えていた。
だがミントから言わせればモロハ相手に防御姿勢を見せるのは最大の悪手であった。
「ねぇバニラ、あのシャドウってヤツはどれだけ硬いの?あのクソ三男坊の黒い腕より硬い?」
「ク……あぁ、アルフレッドさん?あの腕って確かギルドマスターの攻撃も弾いてし…あれより硬いモンスターなんて聞いたことないって。」
「でしょうね。じゃあアレが一体目ね。」
死角から迫るシャドウの気配を感じつつもモロハは一切減速せずに正面へとその刃を振りぬいた。
その動きに合わせて自らの腕で防御を図ったシャドウは、その身体ごと縦に一刀された。
豆腐を切るようにといった表現もあるが、その刀捌きはまるで一切物に触れていないかの如く、まさに素振りと同様の動きでシャドウの身体を通り抜けたのだ。
崩れ落ちたシャドウはそのまま光となってダンジョンに吸い込まれた。
淡く白くフワフワと舞う光は奇しくも協会のようなこのダンジョンの雰囲気にとても馴染んでいた。
「……良かったね、そこが神の居る場所だから。」
すれ違いざまにシスターの姿であるシャドウに対する皮肉を呟きつつモロハは更に前に走り抜け、その後振り向きざまに足を止めた。
奇襲をし損ねたシャドウ三体、それを真正面に捉える絶好の位置取りだった。
「……三体まとめて、『【諸刃】の一刀』ッ!!」
銀の刀身が紅く光り刃全体を包み込む。
その技はかつてアルフレッドの無敵の剛腕を一撃で切り落としたモロハの文字通りの必殺技であった。
「ホント強いわね、連携してくれないけど。」
「モロハは強いっスよ!連携してくれないっスけど!」
「強いですよね。連携してくれませんけど。」
大量の淡い光に包まれたかモロハの後ろ姿は非常に美しかった。