15、【怠惰】のスライム vs マーブルウルフ
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元々住んでいた山岳地帯からどれだけ歩いただろうか?
木々の隙間を移動することにはまだまだ慣れないマーブルウルフだが、狩りに関しては問題なくこなしていた。
戻るという選択肢は今のところ無いが行く当てもどこにもない。
元の場所に戻れないのであれば必要なのは新しい住処だろう。
そう考えたマーブルウルフは出来る限り元々の住処の環境に近い、岩場の多く草木の少ない場所を探しながら樹海を彷徨う。
しかし山岳地帯から見えていたこの大樹海は、どの方角も文字通り地平線の彼方まで広がっているという記憶があった。
そう、そこからの景色はどの方角を見ても『岩場の多く草木の少ない場所』に該当する場所はなかったのである。
そのため自分の考えている理想が高すぎるのは承知の上であり、場合によっては妥協することも考えていた。
妥協してまで新しい住処が欲しい理由、それは後ろ足のケガの治療のためである。
治療と言ってもモンスターであるマーブルウルフのそれは自然回復が主になる。
そのための落ち着ける空間があればとりあえず仮住居として使用して、ケガが治り次第元の山岳地帯に戻る、もしくはこのまま新天地を探して旅をするのも悪くはない、というのがマーブルウルフの考えだった。
やがてマーブルウルフは周りを一望できる場所にある崖の上側にたどり着いた。
崖の下を見渡すと、左側の遠くに土の露出している場所があるではないか。
よく見るとその場所には数匹のスライムがおり、そのスライム達が雑草を溶かしながら移動して地面が直接見える範囲を押し広げているように見える。
弱小モンスターのスライムがこの大樹海の中で群生しているのは少し違和感があったが、崖の横にある草の無い地面の広がった場所であれば十分に落ち着けるのではないか、とマーブルウルフは考えた。
考えがまとまれば話は早い、足場に使えそうな出っ張った岩を次々と蹴り目標の場所にいるスライムへと瞬く間に接近した。
敏捷は低いマーブルウルフだが伊達に山岳地帯で暮らしていた訳ではない。
不安定な岩場で狩りをしていた経験は自身のパラメーター以上の結果をもたらすのだ。
接近、と同時に放たれる斬撃。
マーブルウルフの鋭利な爪による一閃である。
その瞬間、爪がスライムの身体に触れるか否かのタイミングでその感触は無くなり、その身体は消滅した。
マーブルウルフはこの段階では知る由もない事だが、ベルの召喚したスライムはただでさえ少ないHPと0になった防御力により相当脆くなっていたのだ。
いつかエストリアが話していた『躓いただけで倒せそう。』がまさしく現実になった瞬間であった。
残りのスライムもあっという間に処理し安息の地を手に入れた、と崖の方に振り返るとそこには整った入り口が口を開いて佇んでいた。
ダンジョンだ。
岩肌の間に空いた入り口はマーブルウルフの大きな体でも問題なく入れそうで、その奥は不自然なほどに整った石畳の階段が続く。
奥は深いものの随所に配置された光る石のおかげで明るさは保たれている。
岩の崖に出来た石の階段。
それはマーブルウルフの目には、今いる土の地面よりはるかに住みやすい環境のように思えた。
ここまでの行動に全く躊躇が無かったマーブルウルフだが、今回も例外ではなく階段を下ってゆく。
ここが理想の、いや、それ以上の住処になる可能性もある。
そう考えているため『…ちょっと階段長すぎない?』などとは一切思わなかった。
マーブルウルフはダンジョンというものを知らない。
大樹海の奥にひっそりと存在する山岳地帯にダンジョンを作ろうとするダンジョンコアが今まで現れなかったからだ。
そのため罠を一切警戒せずに進んだので、あっという間に最初のフロアに到達した。
広さは20m×20m、レンガが規則正しく並ぶその空間をしばし眺める。
モンスター一匹の住処としては広すぎる気はするが、どこを見渡しても木と草しかない大樹海よりは落ち着けるし、何より天井があって雨風がしのげる空間というのは好条件だ。
しかし奥にまだ進めそうな空間がある。
ここまで条件のいい場所に何もいない訳がない、おそらくここに住んでいる別のモンスターがどこかにいるハズ、と考え始めた。
ダンジョンや人里を知らないため、ここが意図して作られた空間であるという発想には至らなかったものの、その考えは当たらずも遠からずだった。
自身の考えが当たっているなら、まずはここに住んでいるモンスターを倒す、または追い出す必要がある。
いつ寝込みを襲われるかもしれない状況では安心してケガの回復に努められないからだ。
マーブルウルフは奥の空間に進もうと歩みを進めようとした。
その時、フロアのあちらこちらの空間から次々とスライムが現れだした。
なだれ込む無数のスライムはまさに波のように押し寄せ、マーブルウルフにまとわりついてゆく。
突然襲い掛かったスライムの濁流に戸惑うが、よくよく見れば自身の体に向かってくるモンスターは入り口にいたあのスライムと同種ではないか。
それはまるで空気を掴むのと同様の感触しかなかった、本来のスライムよりさらに弱い個体のスライム。
いくら群れても所詮はその程度の相手、マーブルウルフはそのような相手に後れをとるようなモンスターでは決してなかった。
しかし物事には相性というものが存在している。
かたや圧倒的物量で周りを取り囲み動きを封じようと動くスライム。
かたや野生の本能のまま自身の強固な剛毛で守りながら近づき、その身を乱暴に振り回すだけの体術で戦う…つまるところ集団戦に向いた攻撃手段のないマーブルウルフ。
その結果マーブルウルフがスライムを処理する速度よりスライムが召喚される速度のほうが圧倒的に早く、いつの間にかこの場所はマーブルウルフの胴体にまで届くほどの水位のスライムプールと化していた。
それほどのスライムがひしめき合う状況になったにも関わらず召喚が途絶える気配はまだまだ無い。
嫌な予感に今更踵を返そうとしたマーブルウルフだったが、全身に絡みつくスライムによって押し戻されてうまく進めない。
どうにか顔だけでも水面から出るように足掻いていたが水位の上昇は一切止まることなく、やがてマーブルウルフの全身を包み込んでしまったのであった。




