142、冒険者と舞台席
その状況を言葉にすればまさに神隠しであろう。
ダンジョン入り口の階段に腰を掛けて休んでいたベルとモロハ、そして一緒に居た冒険者たちの姿は一瞬で掻き消えてそこに今まで何もなかったかのような静寂が現れた。
神隠しに遭遇した一行から見れば先ほどまで目の前にあったダンジョンの長い階段が、一瞬で演劇を鑑賞するために作られたような同じイスが大量に連なる場所に切り替わったようなものなので当然混乱が広がる。
一見落ち着いているように見えても人が本当に混乱したときは声を漏らすことも忘れてしまうものである。
「あら?流石のあのお方でも強行策しかなかったようですわね。」
その中でもいたって当たり前のことが起きたかのように呟きを発したのはダンジョンコアである【突風】ことガスティアだった。
この神隠しのような転移が創世神によるものであると、そこそこ創世神と面識があるガスティアは理解しているらしい。
「あのお方だと?ガスティア、お前は何を知っているんだ、この場所は何なんだ!?」
「私の事はお気になさらないでください。ささ、あなた方も空いている席に座ったらいかが?折角あのお方が珍しく人間をゲストに選んだのですから。」
まだ状況が飲み込めないものの声を荒げることが出来るまで正気を取り戻したトリルがガスティアに迫るが、当の本人は手をヒラヒラとさせながら近くの席に座った。
「……罠じゃないんだろうな?」
「私ならこんなところに罠なんて置きませんわ。」
「つまりあのお方とやらは罠を置くかもしれないって事か?」
「いいえ、絶対的強者がアリ一匹を陥れるのに罠など使うはずないでしょう?」
「絶対的強者、ねぇ……。はぁ、そんなヤツに目を付けられたんなら何やってもどうにもならねーか。」
随分とあのお方に信頼、いや、もはや信仰の様子まで見えるガスティアに疑いの目を向けていたトリルだったが、やがてため息をつきながら後ろにあった席にドカッと腰かけた。
(おそらくここはガスティアが知ってる場所……って事はダンジョンコア絡みの場所って事だな。)
(……どうする、座るか?)
(これから何かが始まるんだろ?座らなきゃ立ち見だぜ?)
(そういうことじゃないと思うんだけどなー。でもオルスが言うなら大丈夫かな。)
トリルとガスティアがにらみ合っている間に落ち着きを取り戻していた『忘れられた黄金』のオルス、エストリア、ハーデスはカンの働くオルスに続いて着席した。
「どうする?」
「どうするんですか?」
「どうするんだな?」
「……どうする?」
「んー、座るか。」
「座りますか。」
「座るんだな。」
「……座る。」
突然の展開に付いていけていない様子の『蒼天の探求者』のジャン、テムジン、トントン、タージャの四人だったが、自分たちよりも高ランクの冒険者たちが次々と席に腰かけていく姿に習って自分たちもそれぞれ隣同士になるように仲良く席に着いた。
「むむむ、これはすっごく柔らかいにぇね。これだけイスが並んでいるなら一つくらい貰っていってもバレないかも知れないにぇ。」
「確かに柔らかいですね。ですがベルの持っていたクッションの方が私は好きですね。」
オニキスとアルフレッドも既にフワフワのイスの感触を確かめるように何度か体を上下させていた。
ある意味この二人が一番適応力があるのだろう。
「……あらあら~、仕方がないわね~。」
最後までイスに座ろうとしなかったソフランも疑いながら席に付いたことで今ここに居る全員がどこかの席に座っったことになり、全てが同じ方向を向いている席に座ったことによって視線は自然と正面にあった舞台の方に向くことになる。
席に座り落ち着いた所で軽く首を回してみると、他の沢山並んだ席にも自分たち以外の生物が着席しているのが見えた。
その生物たちの半数は人型を保っているようだが、よく見るとゴーレムのような外見であったり体が透けていたりと人間には見えない姿の方が目立つ。
さらに残り半数は四足歩行の獣であったり、上半身は人型だが下半身が六本足の蜘蛛になっている生物など、どう見てもモンスターにしか見えない外見の者も居る。
その全員がの目線は何かを期待するように、そろって舞台の真ん中に集中していた。