135、【怠惰】とガスティアの趣味
「ま、負けた~!?」
「ふっふっふ~、この天才美少女オニキスちゃんにイゴで勝てると本当に思っていたにぇ?」
「む~、ルール覚えたてのクセに~。」
「新しい物事にも柔軟に対応していると言って欲しいにぇね。頭の中で正しくルールを理解して、その範囲内で出来うる選択肢からなんかいい感じのヤツをアレしていくんだにぇ!」
「最後があやふやだ!?途中まで良かったのに!?」
「理論的天才なのやら感覚天才なのやら……」
どう考えても後者であろう。
オニキスの囲碁の実力は初めて囲碁で遊んだあの日よりも格段に上達していた。
魔術師ギルド内で勝手に囲碁を広めたこともあり対戦相手や戦術を議論する相手に事欠かなかったのが原因であろう。
単なる遊びではあるが陣取りゲームという媒体である以上、囲碁は脳みそで殴り合う戦闘である。
そのため常に相手や地形との相性を考えつつ適切な場所に陣取りながら的確な魔法を詠唱する必要がある魔術師が遊びながら鍛えるには適したゲームだったようだ。
そして魔術師ギルド内で大ブームとなった囲碁において現段階一番強いのもギルドマスターであるオニキスなのであった。
「まぁ、自信は結構あったにぇけど序盤の動きはまだまだベルに勝てないにぇよ。あのリードを保ったままきっちり守りを固められていたらどうしようも無かったにぇ。」
「いやいや適当にやってただけだって。私も定石なんて分からないし。」
最適解とされている手筋で石を置いて行く定石、それをベルが知らないのはともかく囲碁が広まったばかりのこの世界では定石は研究すらされていない事であろう。
そのため状況に応じて詰めていく終盤よりも全体の流れを決める序盤の方はオニキスよりもベルの方に軍配が上がるようだ。
ちなみに読み方はどちらも『じょうせき』だが、囲碁においては『定石』、将棋においては『定跡』の字を用いるので覚えておこう。
「あら、囲碁ですか。私もご一緒させてもらってもいいかしら?」
一局が終わった感想を話していると、そこを偶然通りかかったガスティアが仲間にしてほしそうな目でこちらを見ており、ガスティアの言葉に目を輝かせたのはベルであった。
「ガスティアさん!?囲碁出来るんですか?」
「ええ、一番得意なのはチェスですがボードゲームは一通り嗜んでますわよ。」
「むむむっ、また知らないゲームの名前が出ているにぇ!」
見知らぬ名前の登場にオニキスも興奮ぎみだが、ベルはそれを軽く落ち着かせた。
「チェスはまた今度ね。それじゃあガスティアさん、やろっか?」
「もちろんですわ。ですが、出来るならば二人きりにしてもらいたいのですが……」
「二人っきり?」
「頭を使うゲームですから、その方が集中出来ていいでしょう?」
コテンと首を傾げるベルだったが、鈍感なベルでも何となく理由が分かった。
おそらくガスティアはダンジョンコアとしての話をしようとしているようだ。
フェゴールであれば話を聞いていても問題無いのであろうが、ここでオニキスだけを離席させると怪しまれると踏んだため二人きりを選択したのだろう。
実際ガスティアの提案を聞いたオニキスの顔は納得したような表情であった。
「人に見られながらだと集中出来ない人もいるし仕方がないにぇね。あ、オニキスちゃんは天才だからどんどん見て良いにぇ。」
「はいはい、あっちに行くわよオニキスさん。」
「『さん』じゃなくて」『ちゃん』にぇ!
フェゴールもベルと同じような考えに至ったようで、ごく自然な態度でオニキスを連れて別の場所に移動した。
残された二人は碁盤を挟むようにして正面から向かい合ってイスに座った。
「……人払いの配慮、痛み入りますわ。」
「この程度で大袈裟だよー。……もしかしてダンジョンの話?」
「そうですわ。ですが──」
そう言いながら右手を碁笥(碁石を入れる容器)の中に入れて碁石を握り込んだ。
「──ボードゲームを嗜んでいるのはウソではありませんわよ?」
「お、お手柔らかにお願いします。」
「ふふ、善処しますわ。」