112、【怠惰】と翠玉の地下渓谷
「ここが翠玉の地下渓谷ね。」
「あぅ、知らない男の人がこんなに沢山……」
「もうこんなに建物が立ってて、ものスゴくスゴいっス!」
一度は見捨てたダンジョンをもう一度攻略するためにこの場所を再開拓している事はギルドマスターのノーツから聞いていたが、実際に見るとその光景は圧巻の一言であった。
サントでよく見かける土の箱のような家とは違って樹海の木を用いた骨組みがすでにあちこちで立ち並んでおり、その傍らには職人や大工と思われる人々が樹海の木々を木材に加工している光景が見て取れた。
地面も多くの水分を含んだ樹海の土から急ごしらえと思われる砂利道に変わり、足元を取られることなくスムーズに移動できるよう既に整えられていた。
ノーツの話によるとこの場所の再開拓は十日ほど前から始まったようだが、現代のような建築技術や重機が存在していないこの世界でもこれほどの作業速度を出せるのは魔法の力が大きく関わっている。
地面を均す工程は土魔法により広範囲を一瞬で平らにすることが出来て、木材に加工するにあたって必要不可欠な木を乾燥させる工程も水魔法を用いて水分を飛ばすことで大きく短縮が可能らしい。
この世界で科学が発展しないのは、それに代わる魔法技術が後れを取っていないからに他ならないからだ。
「よーし全員揃っているな。きっかりばっちり14人──」
「ガウ!」
「──と一匹、ここまで俺のつたない指揮についてきてくれてありがとな。俺はこの場所に居るらしい冒険者パーティに話を通して来るから皆は休んでてくれ。あ、テムジンは付いてきてくれよな。」
「分かりました、私が居ないと難しい話が理解できないですからね。」
「そういうこった。」
当初は14人で樹海を進む話であったが、しばらく進むとすっかり忘れられていたマーブルウルフも後ろから追いかけてきたのだ。
最初はトリルが食料面で難癖を付けてきたのだが、自身が食べる分の肉は自身で狩ってくるため渋々同行を認められて今に至る、という訳だ。
しかしながら大きな体に白の毛皮を持つモンスターにもかかわらずジャンにも忘れられかけていたほどの存在感の無さはある意味才能ではないだろうか。
先ほどの言葉通りジャンとテムジンはこの場を後にしたので残ったのは12人と一匹、各々が空き地に布や革をお尻に敷いて休憩することにした。
その中でも少々浮いているのは毛皮の入った軟らかいクッションを敷いているアルフレッド、やたらとカラフルでアルフレッドのクッションよりも柔らかい謎素材で出来たドーナッツ型クッションを敷いているベル、それとマナドールであるため疲れを感じず休憩の必要が無く立ちっぱなしの方が気分的に楽らしいフェゴールであった。
そんなベルだが、このダンジョンに来てから若干ソワソワした雰囲気で周りを見渡していた。
「どうしたの、ベル?」
フェゴールがそう尋ねるとベルは顔をフェゴールの耳元に寄せてヒソヒソと話始める。
(ダンジョンって事はここにもダンジョンコアが居てこの場所の管理をしているって事だよね?)
(そうね。もしかして興味があるの?)
(うん。私のダンジョンは私がダラダラ出来ればそれでいいって思っているんだけど、次のダンジョンバトルだけは出来る限りやってみたいんだよね。疲れない程度に、だけど。だから現役のダンジョンコアがどんなダンジョンを作っているかちょっと気になるんだよね。)
最近は経験値を気にしたり町に飛び出したりとやや積極的になってきたベルだが、今回のダンジョンバトル新米戦もちょうどいい機会だと思ったようだ。
そもそもベルは自身の固有スキル『怠惰の烙印』の性質があまりにも偏屈であるためモンスターで守るような真っ当なダンジョン作りは出来ないだろう。
それでも他人のダンジョンを偵察することによって一つや二つくらいは何かが見つかるかもしれないし、そうでなくても普通のダンジョンがどう動いているのかを知っておく事は無駄では無いだろう。
(なるほどね。で、本音は?)
(ん~、観光?)
……建前の建築スキルだけはどんどん向上しているベルであった。
ベルのダンジョンではないですが、ようやくダンジョンに戻ってきました。