107、エンシェントドラゴン偵察作戦・始動
カレーパン争奪戦があった日から数日後。
いつもはガヤガヤと賑わっている冒険者ギルドだが、今日はごく少数の人々で貸し切りにされていた。
先日行われていたエンシェントドラゴン対策会議の時のようなカウンターを演台代わりにしたスタイルではなく、今回はいつくかのテーブルをつなげて円卓のように全員の顔が見えるようになっている。
そして今まさしく冒険者ギルドのギルドマスターであるノーツによって、この場所に人々を集めた理由の説明がなされていた。
「──という訳で、ワシと受付の二人を除いたここにいる者たちがエンシェントドラゴン偵察隊のメンバーとして選ばれた訳なのだが……何か気になるところがある者はいるか?」
「大アリよ!!」
そう言ってテーブルをバンッと叩いたのは今だに名前の決まっていない新人パーティの四人組、そのリーダーであるミントであった。
ミントの横にはココア、バニラ、モロハといつもの面々が続いている。
「ほぅ、具体的にはどういう問題があると考えておるのだ?」
「文句を付けたい相手はいっぱいいるけど、まずは戦力になりそうにないベルね。」
「ふへぇ!?」
いきなり名指しでハッキリと戦力外通知を受けてしまったのはベルであった。
カレーパン争奪戦で一緒に行動していた事もあり彼女のスタミナや冒険者としての知識が殆どない事はバレバレであった。
ベルの隣でうんうんと頷いているフェゴールに関して何も口に出さなかったのは、純粋に彼女の事をあまり知らないからである。
「ベルとフェゴール、そしてその横に並んでいるDランクパーティの『蒼天の探求者』はエンシェントドラゴンと思われるモンスターの第一発見者である。この六人に関しては戦闘力を理由にふるい落とす訳にもいくまい?むしろ戦力で言うならお前たちの方が危ういと思うのだがな。」
「…ふん!」
ノーツの指摘通りランクだけで見れば彼女たちは『蒼天の探求者』よりも低いEランクである。
『ランクの高さ=強さ』ではないこの世界の感覚であっても、冒険者としてのスタートラインであるEランクと一歩前進したDランクとでは大きく印象が違ってくる。
極端に言えばEランクなど冒険者として登録できる年齢であれば誰でもなれる、ということだ。
その『蒼天の探求者』はリーダーである槍使いのジャンから並んで大盾使いのテムジン、女性弓使いのタージャ、水魔法使いのトントンと続いている。
ズバズバと自分の意見を言い放つミントとは違って、彼らは少々緊張した面持ちであるようだ。
「次にそこのチビ!確か魔術師ギルドのギルドマスターだったはずだけど、」
「チビじゃなくてオニキスちゃんにぇよ。樹海で発見されたモンスターがエンシェントドラゴンなのか新種なのか、はたまたガセなのか確かめるためには魔術師ギルドの力は必要不可欠にぇ。そのうえで人数を絞るとなったらオニキスちゃんの出番となるのは当然にぇ。流石は天才美少女魔術師にぇ。」
「自分で言うかな、それ……」
腰に手を当てて胸を張るオニキスに苦い顔でツッコミを入れるミント。
オニキスが言った理由については確かに納得できるものであるが、非常に微妙な表情で睨めつけるノーツの顔を見る限りかなりの無理を通したうえでの参加であることが伺える。
普段から自由奔放とはいえ片道十日、往復二十日の間も魔術師ギルドのイスを空席にするのは簡単ではないのだ。
「んで、その横の二人はCランクの斥候って事だから問題は無いとして──」
「あらあら~。」
ミントに問題無しと判断されてすぐに視線を切り替えられてしまった二人はCランク『届かぬ楽譜』のトリルとソフランである。
戦闘スタイルとしては斥候よりも暗殺者に近い二人だが、気配を消して相手に気が付かれる前に倒す戦い方は斥候にも応用が利くようだ。
ここまででミントはこの場にいる人物をぐるりと順番に視線を送り、トリルの横に並ぶ受付嬢のアン、ミツ、ギルドマスターのノーツを通り抜けた後、最後に自分の真横にいる冒険者に敵意を含んだ鋭い眼差しを向けた。
その人物はベルやオニキス以上にここにいる理由が分からない人物であった。
「最後にアンタよ!何でアンタがここに居るのさ、アルフレッドッ!!」
「おやおや、そんなに怒っていては可愛いお嬢さんの可愛い顔が台無しになってしまうじゃないか。」
「余計なお世話よ!!」
そこに居たのは謎の力で町中を混乱させたアルフレッド。
モロハに切られた真っ黒な剛腕の姿ではなく、普段通りペールオレンジの腕が付いた状態でミントの真横に着席していた。
「二人ともやめないか!……正直なところアルフレッドの事はワシも全く信用しておらん。だがこやつの持っていた情報は無視できるものでは無かったのでな。」
「情報?その程度でコイツが許されると思ってるの?」
「とりあえず聞け。こやつがあの『闇の雲』を出していた訳だが、その力をこやつに渡した奴が居るらしい。」
「何ですって!?」
驚愕を声に出したのはミントだけだったが、この場にいる殆どのメンバーが驚いたことは言うまでもない。
そのリアクションに満足したノーツはさらにニヤリと顔を歪ませて言葉を続けた。
「そうなると二つのバラバラに起きた事件が繋がって見えんかの?『町一つを覆う強大な力をポンと与えられる存在』と『国一つを簡単に消し去るほどの力を持つエンシェントドラゴン』が、な?」
「た、確かに…」
「ありえそうっス…」
(私は関係ないよ!)
(ベル、抑えて抑えて!)
エンシェントドラゴンはベルが召喚したモンスターだが、ベルの固有スキル『怠惰の烙印』によりステータスが皆無であるエンシェントドラゴンがそれだけの力を備えているハズもない。
また、アルフレッド本人に力を授けた人物も二、三度ほど言葉を交わしたっきりどこかに消えてしまったので、ベルとフェゴール以外に謎の人物とエンシェントドラゴンの存在を否定できる者はいない。
そのベルとフェゴールは『モンスターである事』を隠す事を条件に町の中に入っているため、また既に手遅れなほどに大事となっているため、今更『エンシェントドラゴンは私たちが召喚したモンスターなので害はない』と言う訳にもいかない。
かくして、エンシェントドラゴン偵察隊の作戦会議は壮大な勘違いを中心に回り始めたのであった。
ペールオレンジは肌色の事です。
色々な肌の色がある中であの色だけが肌色と呼ぶのは問題があったようで、今の色鉛筆やクレヨンでは『ペールオレンジ』『ライトオレンジ』『うすオレンジ色』などと表現するらしいです。