104、【怠惰】とアン&ミツの謝罪
「ミントちゃんにココアちゃん、それにバニラちゃんにモロハちゃんまで!?皆こんなところでどうしたの?」
「それはこっちのセリフよ!昨日は散々他の冒険者に追われていたクセに、昨日の今日でよくもまぁ冒険者ギルドに顔を出そうと思ったわね!アンタはどれだけどんくさいのよ、まったく…」
「とリーダーは言っているっスけど、昨日からベルが心配で部屋の中を意味も無くウロウロしていたっス。」
「本当は『急に倒れたけど大丈夫?ケガしてない?』とか聞きたいって思っているんですよね。」
「……天邪鬼。」
「っるっさいわね。」
仲間たちの発言に否定はしないようだ。
「っと、何でアタイたちが受付に居るのかだったっけ?それは多分本人の口から聞いた方が面白いと思うわ。」
「ん?本来の受付の子は居るんだ。」
「そそ、今から呼んでくるからちょっと待ってて。」
てっきり体調不良や急用の類だと思っていたベルはコテンと首を傾げた。
ミントは受付の裏にある扉に消え、しばらくした後にベルだけが見たことが無い二人の女性を連れて戻ってきた。
服装の色が違うだけで全く同じ顔立ちをした二人の受付嬢、アンとミツであった。
二人はベルの顔を見るや否や深々と頭を下げた。
「え?えっ?」
「この度はベル様、フェゴール様、その他大勢の冒険者一同にご迷惑をおかけしたことを深くお詫び申し上げるです。」
「もうしあげるです。」
「いやいやなにこれ!何で私は頭を下げられているの!?」
「そっか、アンタは何にも知らないんだったわね。」
ベル視点では情報が無さ過ぎてアンとミツによる誠心誠意の謝罪の意味が分からないようだ。
その様子に気が付いたミントがこれまでの経緯を説明し始める。
受付の二人が食通であり、ベルの持っている珍しいパンに興味を持ったこと。
そのパンを手に入れる為に冒険者たちに対して条件の良すぎる依頼をミツ自ら提供したこと。
受付嬢の独断による行動だったのでギルドマスターの判断や謝罪が遅れてしまったこと。
それらの不始末に関してノーツからの説教を受ける事となり、代わりに手の空いていた四人に受付のバイトを依頼していたこと、などなど。
本来であればアンとミツが自分で説明するべきなのだろうが、その二人はミントの説明中も45°の角度で頭を下げ続けていたのであった。
全てを聞き届けたベルは目を瞑りしばし考え込んだ後、少々の怒りを込めながら口をゆっくり動かし始めた。
「…まぁ、半分くらいはなりゆきでなっちゃった事だとは思うよ。あなたたちが依頼したのはあくまでパンであって私では無かった、だけど冒険者が熱くなって私を捕まえて根こそぎパンを奪おうとした。そういう事だよね?」
「「ハイです。」」
「それで今、私に謝らないとダメって時に代表としてアンさんとミツさんがこうやって他の皆の分まで謝っているんでしょ?」
「「は、ハイです?」」
「何で私を襲った冒険者たちは全く謝ってこないの!!」
「「怒っているのはそっちなの!?」」
ベルが怒りを感じていたのは実際にベルたちを襲っておいて一切謝罪の無い冒険者の方であった。
予想外の矛先にフェゴールとミントの声が被り、アンとミツは頭を下げたままだがホッと一息を付いた。
一方でベルたちの方を見ていた野次馬の何人かがベルの言葉を受けて目を反らした。
昨日のいざこざに参加していた冒険者も聞いていたようだが、この空気の中で前に出てベルに頭を下げる勇気のある者はいないようだ。
その態度こそがベルの怒りの炉に更なる燃料を放り込む行為だと、少し考えれば分かるだろうに。
「…なのでアンさん、ミツさん、二人の気持ちはちゃんと伝わったから顔を上げて。私楽しみだったんだよ、このギルドの受付が双子だって聞いて、早く顔が見たいって思ってたの。」
「「あ、ありがとうです。」」
二人同時に感謝をして、二人同時に顔を上げるアンとミツ。
目の周りが少し潤んでしまっているが、もしも建前やポーズとして頭を下げていたとしたら涙目にはならないだろう。
彼女たちの涙は、真剣にベルとフェゴールに謝罪していた証なのである。
ベルもこの二人にはもう言う事は無いようだ。
「さてと──」
一息置いて周りを見渡すと、やはり見覚えのある者が決まって目を反らす光景が広がっている。
ここで怒りをぶつけたい気分なのだが、いかんせん人数が多いうえにこの場所に居ない者も多いと思われる。
色々と思う所はあるものの、その思いはため息一つに変わって体外に吐き出された。
「──時間も無いし今日はいいや。それよりもちょっとだけ門の外に出ていい?ここまで一緒に来たオオカミさんの様子を見たいんだけど。」
本来の目的であるマーブルウルフの件を伝えたベル。
するとアンの顔が少しだけ笑ったような気がした。
「はい、そのオオカミであれば門から出てすぐそこに居るです。人を無暗に襲わず賢いので兵士から非常に評判があるです。」
「大人気です。」
「大人気?」
マーブルウルフが賢いのは薄々気が付いていたベルだが、そのマーブルウルフが大人気だという言葉には少し疑問が残った。
その疑問は町の外に出てみればすぐに氷解した。
「ほら、上手くさばけているだろ?これはお前が取って来てくれた分だぞ。」
「がぅ。」
「おいおい慌てるなって、どんだけ小さく切ってもそんないっぺんに口の中に入れたら同じだぞ。」
そこには小さなウサギをナイフで器用にさばく兵士と、その肉のお零れに預かるマーブルウルフの姿があった。
『そこに居たのは〇〇だった』オチが二話連続になってしまった。