102、【怠惰】と囲碁
「…オニキスちゃん、まだ帰ってこないね。」
「暇になってきた?」
「うん、さっき起きたばかりだから目も冴えているし……そうだ!」
手元のパンも食べ終わる位の時間が経ち、気になっていた魔法の話も終わり、いよいよやることが無くなったベル。
フェゴールはベルが起きるまでの間この部屋にある書物に目を通して時間を潰していたようなので問題無さそうだが、ベルにとっては小難しい内容ばかりなのでもう一度寝てしまいかねない。
それは嫌だなぁ、と言わんばかりに悩んでいたベルは何かを思い出したようで、もう一度ストレージリングを開いて中に手を入れた。
「こういう事もあろう…かと…思って……よし、あった!」
「やーやーお待たせしたにぇ……って何やっているにぇ?」
「ゴメン、今集中しているから……ここだ!」
パチンッ!
「中々力強い一手ね、守る為に攻めてくるなんて。でも踏み込み過ぎよ!」
パチンッ!
「ああッ、私の黒石が切り離されたぁ!!」
「だから何しているにぇ!」
あれから約一時間後。
仕事が一段落して自室に戻ったオニキスが見たのは、ベルとフェゴールがマス目状に線の引かれた木の板に向かって白と黒の石を交互に打ち出している光景であった。
互いの石はマス目の中ではなく線と線の交点に置いているようで、その石は木製のツボのような形をした容器に沢山入っていて、そのフタと思われる木製の小皿のようなものに自分が持っている色の石と反対の色の石が入っていた。
そう、二人がやっているのは囲碁である。
囲碁のルールを詳しく説明し始めると膨大な文章量となるため割愛させていただくが、簡単に言えば自分の石で囲った陣地の広さを相手と比べて大きければ勝ちとなる陣取りゲームである。
ベルは自分の石を守る前にフェゴールの陣地を荒らしに行ったようだが、フェゴールの陣地の深いところに石を置いてしまい逆に分断されてしまったようだ。
ちなみに現在の盤上は意外にもベルが先ほどのミスを含めてもやや有利の様相に見える展開であった。
オセロの時と同様にカンで石を置くことが多いベルだが、囲碁は19×19もの広大なフィールドに一つずつ石を置くゲームであるため、戦況の読みずらい序盤では全体の雰囲気から読み取れるカンに頼りがちなベルが思った以上に隙無く立ち回ったのである。
もっとも、互いの石が隣接し合う中盤戦以降ではベルのカンは通用していないようだが。
「もういいにぇ、教えてくれないなら見て覚えるにぇ。」
集中した二人の様子に諦めたオニキスはベルの後ろに移動して盤面を眺め始めた。
さらに約三十分後。
「こことかどうかな?」
「そこに置いちゃうとこっちに置かれて積みにぇ。ここでじっくり守らないと今まで積み上げたものがパーにぇよ。」
「あ、本当だ。ありがとー。」
「何でオニキスさんの方がベルより強いのよ!」
「にぇっにぇっにぇー!オニキスちゃんは天才にぇ!ついでに『さん』じゃなくて『ちゃん』にぇ!」
オニキスはなんとこの短時間で囲碁のルールを把握したうえにベルの手に口を出せるほどの才能を見せていた。
小さな見た目と傍若無人な態度のせいで忘れがちだが、オニキスは魔術師ギルドのマスターになれるほどの頭脳を持っているである。
直感のベルと頭脳のオニキス、いつの間にかタッグを組んだ二人が猛攻に出るが一人で抑えるフェゴールの実力も高いために盤上は最後まで分からない展開だ。
「今にぇ!ここに置いてトドメにぇ!」
「ッ、しまった!」
「えーい!」
パチンッ!
かくして勝利の女神はベルとオニキスに微笑んだ。
「いい休憩になったにぇ、じゃあ仕事に戻るにぇ。あ、暇だったら自由に外に出てても大丈夫にぇよ。」
そう言いながら脇に碁盤を抱えて両手に碁石を持ったオニキスが部屋から出ていった。
まだまだアルフレッドの腕の解析は終わっていないようだ。
「って、碁盤持っていかれた!?」