101、【怠惰】と二度手間な魔法
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翌日、重たい瞳を擦りながらベルが目を覚ます。
柔らかなベッドを囲むように書棚が置かれた一室、魔術師ギルドにあるオニキスの私室である。
ボンヤリとした視界の中でイスに座っていたフェゴールと目が合ったが、あくまでマイペースに微睡みつつ時間をかけた後にゆっくりとベッドから体を放り投げた。
「ふあぁ……おはよう、お姉ちゃん。」
「おはようベル、あんなことの後だから心配してたけど熟睡できたみたいで良かったわ。」
「…あんなこと?」
「ほら、昨日の事よ。アルフレッドの腕が……ね?」
「あ、あ~。うん、思い出した。思い出しちゃった。」
フェゴールの言葉でベルは昨日の事を思い返していた。
モロハの一撃により腕と体がさよならバイバイしてしまい、見るも無残な姿のまま地面を転がったアルフレッド。
一面が赤く染まった地面に横たわるその姿をベルが直視出来る訳もなく、体調の悪くなったベルはフェゴールと共に一足先に魔術師ギルドに戻ってベットに飛び込み今に至る訳である。
あの後、無事に空が元の色を取り戻しアルフレッドの体も元の華奢な姿に戻った。
しかし体から切り離された左腕だけは元に戻らず黒く太いまま地面に残っていたのだ。
アルフレッド本人は事情聴取のため冒険者ギルドの地下に連行されて、黒い腕は魔術師ギルドの方に預けられ何か手がかりがないかと調べているらしい。
「そういえば私を助けてくれた四人はあの後どうなったの?」
「魔法使いの三人はどうしているか知らないけど、モロハって子だけは冒険者ギルドに呼ばれたみたいね。」
これで一件落着と思いきや、もう一名冒険者ギルドで事情聴取を受けることになった人物がいる。
戦闘行為どころか構えてすらいないアルフレッドに一方的に切りかかり、腕が胴体から切り離される重症を負わせたモロハである。
その場には発言力があるギルドマスターのノーツが居合わせていたためモロハの行為が正当防衛である点は認められて、本来であれば改めて事情聴取などする必要がないハズなのだが、どうやら別件でノーツ本人に呼び出されたようだ。
ノーツといえば常にモンスターであるベルを疑っていたが、今回のベルの動きには不審なところが無く呼び出す口実が無かったためかベルが冒険者ギルドに呼び出されることは無かった。
つまり何が言いたいかというとベルとフェゴールは今日一日何も予定がない、という事である。
「『私室』って割に朝からオニキスの姿も見ないから、どこかに出かけるのもバツが悪いでしょ?」
「そうだね……ん、朝から?」
「ええ、もうお昼よ。」
「ええ~!?」
アルフレッドの件で体調が悪くなったかと思えば魘されることなく爆睡、繊細なのやら豪胆なのやら。
「ま、まぁ、とりあえず朝ご飯を食べよっか。」
「もう昼ご飯だけどね。」
ガンギルオン大樹海での十日間でストレージリングの取り扱いにはすっかりと慣れた様子のベルは卵とベーコンが乗った総菜パンを取り出してパクリと頬張った。
上部にかかったケチャップにより少々濃い味付けとなっているがベルには関係ないようだ。
数口食べたところでベルは昨日の一件で気になっていたことを聞くことにした。
「そういえば昨日のバニラちゃん、だっけ?あの子が使ってた地面に何かを書いてから使った魔法って何なの?お姉ちゃんも使えるの?」
魔法の使い方が独特だった三人の魔法少女、その中でも詠唱前の準備に手が込んでいたバニラの謎魔法の正体が気になるようだ。
片手に魔導書のようなもの、もう片手で木の棒を持って地面に模様を描いてから詠唱する二度手間とも思える独特の発動手順には何か意味があったのだろうか?
「ああ、ちょっとフワフワしているあの子の魔法ね。あれは正確には魔法ではないと思っているわ。」
「魔法じゃない?」
「おそらくあれは『エンチャント』、魔法の文字を武器や防具に書いて特殊な効果を得るおまじないみたいなものだと思うわ。」
「でもあの時は地面に書いていたよね?」
「そうね。多分あの子は地面に書いたエンチャントの効果を周辺の味方に与えることが出来るんじゃないかしら?手に持っていた本を見ながら書いていたから、あの本で魔法の文字を見ながら書いているんだと思うわ。魔法の習得が独学って言ってたから手に持っている本を魔導書と勘違いしてそうだけど。」
そもそもエンチャントを装備に与える際にも魔力を込めながら書く必要があるらしいので、バニラに魔術師の才能がある事は間違いないらしい。
『正確には魔法ではない』とは魔法の文字を描く部分が魔法であって、それによって得られる効果の部分はあくまで『魔法を使った後の結果』、要はバニラの行っていた詠唱行為は実は必要が無いとのこと。
ただし、エンチャントに魔力を込める際にMPだけではなく一定以上のパラメータも要求されるとの事で、残念ながらフェゴールはエンチャントを行う事は出来ないそうだ。
ちなみにエンチャントに関わる魔法は『付与魔法』というカテゴリに分類されており、フェゴールには使えない魔法であるにも関わらず当然のように神話級で覚えているようだ。
作者「フェゴールが自由にエンチャントできるとベルが最強過ぎるので使えないようにしました」
ベル「でもどうせ抜け道を見つけて使えるようになるんでしょ?」
作者「プロットが無いので自分でも先は分からない」