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10、【怠惰】に迫る白き獣

♢♦♢


一言に大樹海といえど、ここガンギルオン大樹海はあくまで外周が木に覆われた環境であることから名づけられた土地である。

そのため、大樹海深部には草木の生えない山岳地帯も抱えていることはあまり知られていない。

樹海の内側にあるにも関わらず、その環境での生態系が完成されている程度の広大な山岳地帯。

とはいえ殆どの生物とモンスターは周りの樹海で狩りを行っているため『生態系が完成している』と言い切るのも微妙なラインではあるのだが。


そんな山岳地帯の食物連鎖において中間地点を彷徨う狼型のモンスター、マーブルウルフ。

マーブル(大理石)の名前の通りやや曇ったような白色の毛並みは岩の如き硬さであり、一匹の強さはDランク程度とされてはいるものの、それは硬い剛毛への対策を用意したうえでの評価である。


それを加味しても何故ここまで低い評価になっているか?


その一つは同種同士であっても基本的に群れずに単独で行動していること。

もう一つは硬さを重視したせいで狼型モンスターとしては最低の敏捷であること。

ついでに目標に向かって直線的な攻撃しか行うことができず、罠にかかりやすいこともマーブルウルフの低評価に拍車をかけている。


ただ、これらの要素はあくまで人間と相対した時の評価である。


モンスター同士の戦闘では硬い剛毛によるゴリ押し戦法は立派な戦術になる。

マーブルウルフの剛毛を攻略できないモンスターは軒並み捕食される側となるのだ。


しかし逆もしかり、その剛毛をまるで枯れ葉のように散らすモンスターには通用しない。

マーブルウルフの武器はただ一つ、剛毛だけなのである。


そんなマーブルウルフだからこそDランク止まりであり、食物連鎖の中間止まりなのである。






その一頭は闇夜を駆ける。

周りの緑は背後に流れ、やがて黒になっていく。




その一頭は過ちを犯した。

引き際を間違えた白き獣は、後ろ足から流れる赤を気に留めている暇もない。




その一頭は思い出す。

自らに振り下ろされた銀の刃、そして降り注ぐ金の炎の魔法。



─走る。


──逃げる。


───跳ぶ。


────また逃げる。



その一頭はとても頭がよかった。

何せ弱い獣を追いかけるだけのモンスターが逃げるという発想に至ったのだから。

目の前に広がる青い川の上に浮かぶ、灰色の岩を足場に渡りきる。


振り返る。

自分を狩る脅威はどうやら振り切れたようだ。


しかし、周りはすっかり見たこともない木に囲まれた空間だった。


先ほど渡ったばかりの川で水を飲み、思考する。


後ろ足はすでに引きずっているのと変わらない状況で、今まで逃げてきた道を戻れる自信はない。


なれば前。


住処である山岳地帯を追われた一匹のマーブルウルフは覚悟を決めた。


その足取りはゆっくりと、確実に、前へと進む。




その方角の先にある【怠惰】のダンジョンにたどり着くのはそう遠くない。




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