1、【怠惰】の誕生
初執筆、初投稿、見切り発車、不定期更新です。
何もない暗闇の中。
空もない。
地面もない。
私もない。
いや、少しずつ私は形成されている。
周りに何もないように感じていたのはそもそも『私』が存在していなかったからだ。
徐々に見えてきた壁と地面は真っ白で、印象は結局『何もない』からは変わらなかったが。
徐々に出来上がっていく私の姿を見る。
足元が見えないほど大きく花開いたような黒のスカート。その内側には白のレースがチラリと顔を出す。
腰にコルセットを付けている、だけど動きにくさはない。
何となく頭の中に『ゴスロリ』って単語が浮かぶ。
この珍妙な意匠のことだろうか?
珍妙だけど、不思議と悪くない。
私の姿から目を離し、ふ、と前を見る。
すると、さっきまでは無かった筈の複数枚のカードが宙に浮いていた。
裏向きのまま私の周りに漂うそのカードの一枚を手に取る。
すると周りにあったカードは意志をなくしたかのように地面へと落ち、落ちたカードが地面に吸い込まれた。
手に取ったカードを確認する。
そこに書いてあったのはたった二文字の、しかし力を持った言葉。
【怠惰】
その【怠惰】のカードは光の粒となり、私の中に吸い込まれた。
その瞬間、私がここにいる理由を理解する。
「私は…創世神様に生み出された【怠惰】のダンジョンコア。」
そう、たった今創世神様によって作られ、生まれ落ちたばかりのダンジョンコア。
ダンジョンコアとはその名の通りダンジョンの心臓。
人間のうつろう感情を糧にする人ならざる者。
ダンジョンと呼ばれる空間に宝や素材で人間をおびき寄せモンスターや罠で死の恐怖を与えることによって、探求、欲望、勇気、臆病、プラスとマイナスの感情を交互に引き出しつつも、ダンジョンコアである自分自身が倒されぬように人間を接待する。
人間がいなくなれば、その感情を食らうダンジョンコアも生きていけない。
故に客人。
故に接待。
そんなダンジョンコアとして私は立派に…立派に?
【怠惰】の私は頭の中に湧き上がっていたダンジョンコアとしての使命とも言える感情に疑問を持った。
というのも、ダンジョンコアも人間と同じ食事をとることができるらしいし、その食事もダンジョンの維持経営必要となるポイント、DPによって購入できるらしい。
さらに言えば、そのDPは人間から集めるのが主となるらしいが、自然豊富な大地からも僅かに集めることが出来るらしい。
「つまり、誰一人来ないような秘境で毎日おいしーい食事をとりつつグータラ三昧で暮らしていても問題は全くないってことね。」
考えがまとまったのでもうこの場所には用はない。
ここから人間の世界に行くための最初の一回は何の制約もなく転移の魔法が使えるらしい。
まだ見ぬ筈の世界の姿が頭の中に鮮明に思い浮かぶのには違和感があるけど、そのおかげで人里からざっと十日は離れた場所にある木に囲まれた山中の洞窟に目星をつけることが出来た。
「さーて、まずはベットと娯楽、あとは食事を…ふわぁー、っとやっぱり初日はやることが多そうでやだなぁ。」
一日にやるべきことが三つもあるなんて忙しすぎる!
このままでは【怠惰】ではなく【勤勉】に変わってしまうかもしれない。
そんな仕事量にうんざりしつつも──
「記憶の彼の地へ我を…えーなんだっけ?ええい、詠唱以下しょーりゃく、『転移』!」
──覚えたてなのにうろ覚えの転移によって私のダンジョン、もとい家に向かった。
♢♦♢
「ふぅん、なかなか面白い子が生まれたね。」
ワイングラスを片手に白い部屋での様子を覗いていたのは【怠惰】を含めた全てのダンジョンコアを作り出した神、創世神である。
「まさかダンジョンコアとしての使命を無視できる子が生まれるなんて想定外だよ。【突風】、君はあの子をどう思う?」
「は。ダンジョンコアとしての使命に背くなど非常に許せません。ですが、【怠惰】が詠唱省略などと言ってたのは魔法の詠唱としては全く意味をなさない言葉であるはず。なれば──」
「初めて使う呪文を無詠唱で唱えたってことだね。いやぁ、無いのはやる気だけで彼女は才能の塊だと思うんだけどなぁ。」
創世神の呟きに答えたのはたまたま居合わせていた【突風】のダンジョンコア。
まるでエメラルドのように透き通る緑の瞳に合わせるかの如く、髪、服装、手に持った大型の槍に至るまで全身緑色で統一された気高い性格の女性。
彼女は風の魔法を得意としており、配下のモンスターもまた魔法適正の高い魔物は少なくない。
そんな彼女だからこそ分かる【怠惰】の異常性は、普段好戦的ではない彼女を突き動かすのには十分だった。
「ふふ、ダンジョンバトルから保護される一年間が終了するのが今から楽しみです。」
【突風】は呟く。
ダンジョンバトル、すなわちダンジョンコア同士の戦いは娯楽や賭け事として認められている。
しかし、生まれたばかりのダンジョンコアが袋叩きに合わないように賭け事を目的とするダンジョンバトルは一年間は仕掛けてはいけないルールとなっていた。
「僕も楽しみだよ、君が何をかけて戦うのか想像もつかないよ。」
「そう大したことは賭けません、ただ『負けたらやる気を出せ』と、それだけです。」
「っ、っはーっはははぁ!」
【突風】の答えに面を食らった創世神は、しばし後に大きく笑った。
基本的に新米ダンジョンコアには優しい【突風】がダンジョンバトル解禁後にすぐ襲撃すると宣言した異常事態、その思惑は【怠惰】を守るものに他ならなかった。
そんな二人の会話を知る由もない【怠惰】のダンジョン経営、もとい家づくりが始まろうとしていた。
♢♦♢