異世界神話
地図にコンパス、食料に魔法道具などをいれた20キロはあろうリュックを背負うナナを見ていると、つい、俺が手をかそうか、なんて言ってしまう。
「ご主人様、わたくしのことは心配しないでくださいよ」
なんていう姿がまた健気で、無理やりにリュックを奪おうとしてはアリシアから怒られた。
「主様。召喚士はそのようなことはしません。もっとわたしたちのことを棒っ切れとか小石のように扱わないと街では目立ちますよ」
でもさ、地球では女の子には優しくしなさいと教わってきたし、そもそもアリシアやナナのことをそんなふうに扱うことなんてできるはずがない。
「ご主人様が本物のご主人様だったらわたくし、この世界に住んでもいいのにな」
なんて冗談っぽくナナが言った。
「そうだな。素晴らしい人格者だ」
アリシアまで俺のことを褒める。
「召喚士か……そいつらはそんなに性格が悪いのか?」
「いや、主様、わたしの元の主も優しい女性でした。そういう人間もおります。しかし、召喚獣への差別はもう何百、いや何千年という長い時間変わることのなかった風習です。ひとつこの世界の神話を聞かせましょう」
『最初、この世界には何もありませんでした。ただ混沌とした全ての素が熱く燃えているだけだったのです。それを神の火と呼びます。ティアルという女神はこの火を使い世界を創ることを考えました。しかし、火は悪魔に奪われてしまいます。ティアルは怒り、悪魔を地獄と呼ばれる暗い闇の中に閉じ込め、つめたく真っ暗な世界に悪魔と悪魔の盗んだ火だけがそこにあります。やがてティアルは再び世界の創造を考えました。しかし神の火はありませんから、かわりにティアルは夢や希望といった形のないもので世界を創りました。それがこのわたしたちの住む世界なのです。そして、わたしたちはティアルから魔法の力を授かりました。特別な存在としての力はティアルが閉ざした異界への扉を開く鍵となる力です。異界の者は悪しき悪魔の眷属でありますが、ティアルの子であるわたしたちは女しか生まれず、子孫を残すことができませんでしたので、今日のわたしたちには悪魔と神の両方の血が混じっています』
ナナは意外にもこうしたおとぎ話や神話が好きらしく瞳をキラキラと輝かせてアリシアのおとぎ話を聞いている。俺はというと、ちょっと眠たくなってきた。まあ、でも、なんでこの世界で召喚獣への差別がなくならないのかがわかった。
「つまり、この世界の住人は自分たちを女神ティアルの子孫だと考えているってことか」
「その通りです。主様。そしてわたしたちは悪魔とされています」
宗教っていうのはこういう問題もあるからややこしい。人は人だ。生き物は生き物だ。みんな平等でいいじゃないか。なんで片方を神の子孫だとか、悪魔の子だとか考えるかね。
俺は無理やりナナのリュックをひったくった。
「ご主人様!」
「俺は変わり者の召喚士で通す」
「危険すぎますよ! 主様!」
「いや、結局さ、もし俺が元の世界に帰れたとしてもこれから大勢の異世界人がこの世界で奴隷みたいにこきつかわれるんだろう。なら、そんなルールをぶっ壊してやる。そうすればナナもアリシアも、いや、もっと大勢の召喚獣が幸せに暮らせるじゃないか」
俺はまるで自分がこの世界を変えるための勇者みたいに特別な存在として召喚されたのかもしれないなんて想像した。きっとそうだ。でなければなんのために召喚されたのかわからない。奴隷になるためでも見下されるためでもないはずだ。
そんな風に一人で熱くなる俺を否定も肯定もせず、ふたりはついてきた。