出発の朝
召喚士というのは特に変わった服装をしているわけではないのだが、地球で着ていたようなジーンズに長袖のシャツという恰好は流石にまずいらしく、アリシアは俺の背丈にあったローブを用意してくれた。
ローブというのはカッパのようなもので、シャツの上に羽織っている。頭まですっぽりと被ることのできるフードもついていて、中は暖かく、重さもほとんど感じなかった。しかも驚く程に丈夫な素材で防刃にもなるらしい。アリシアのマントも同じ素材なのだそうだ。
「召喚士に見えるかな?」
照れたように俺がいうと、ナナは「はい!」と元気よく相づちをうった。街に帰ることを怖がるかと思っていたのだが、つとめて明るい笑顔をふりまいている。カラ元気だっていうことはわかる。そしてそれが強くないとできないことも30年間生きてきたなかで少しは学んだつもりだ。でも、こころから笑顔になれるようにしてあげたいとも思っている。そのためにはナナを元の世界に帰してあげるのが一番だ。
「この腕輪をはめてください」
アリシアが差し出したのは黄金の眩しいブレスレットだった。ダイヤモンドのような透明な鉱石が美しく光を反射して輝いている。
「それは魔法石の一つで、召喚術者の証です。わたしの主が身に着けていたものです」
「そんな大事なものをなんで俺なんかに?」
「形見はまだありますから。それに、今のわたしの主はナツメ様ですし」
演技なのか? アリシアは俺の召喚獣になりきっている。
「フロン王女をこのままにしてはおけません。お世話もしないといけませんから。召喚士であればどんな異形のものをつれていても怪しまれることはないのでお姫様もつれていきたいのですがいいでしょうか」
アリシアといっしょに泉の奥に進んでいった。フロン王女に会うのは初めてだ。どんな化け物に変えられてしまったのだろうと恐る恐る進んでいくと、そこにはもふもふとしたくまのぬいぐるみのような生き物がすわっていた。
「なんだかわいいじゃん」
ひょいとつかみあげると体重も軽い。やっぱり熊のぬいぐるみみたいだ。だが、フロン王女は俺にだっこされるのをいやがるように腕の中でもがいてかわいらしい外見とは正反対のおどろおどろしい低い声をあげた。
「怖くないのですか?」
「いや、どこが? 俺のいた世界ではかわいいっていわれていたけれど」
「……だって、その、ありえない姿じゃないですか。いや、王女様は美しいですが……」
ぬいぐるみという概念がないのかもしれない。この世界ではディフォルメされすぎたキャラクターは人気がないのかもしれない。
「まあ、価値観はそれぞれだからね」
クマのぬいぐるみを撫でてやると、よほどうれしかったのか王女は抵抗をやめた。なにかウォンウォン吠えているが、その叫び声はたしかに不気味だし、かわいらしいクマのぬいぐるみのくせに牙だけはリアルである。いや、いきものだからこれが当たり前なのだけれど。
俺たちが地上に出ると俺と同じようにすっぽりと顔を隠すようにフードを被ったナナが大きなリュックを抱えてまっていた。
「重くないの?」
「軽いくらいですよ」
なんて、涼しい顔をして答えた。今知ったのだが、ナナはとんでもない怪力の持ち主のようだ。召喚士は非力だが知恵を持ち、魔法が使える。一方、召喚獣はあまり賢くなく、力持ちが多いらしい。陽が昇るころに出発し、俺たちは10キロほど先にある港街ガイアスを目指すことになった。