異世界生活二日目
俺の異世界生活はわりと順調な滑り出しを迎えた。というのも、まず第一に孤独でないことが理由だ。考えようによっては地球にいた頃より幸せかもしれない。召喚獣とはいえ見目麗しい美女ふたりと生活できるのだから。
そして、第二に日本語が通じることが有難い、いや、それだけではない。この国の言葉を勉強せずとも読むことが出来た。ただし読むことが出来るからといって内容を理解できるわけではなかった。魔法論や召喚術論というのは形式ばった論文のような書式で、読んでいるととても疲れるし、なにより何が書いてあるのかさっぱり頭に入ってこなかった。読むことが出来るのに理解ができないというのはとても奇妙な感じだ。例えるのなら難解な詩のようなものがつづられているようなものだと思ってくれるといい。
『水の精霊が風の精霊が口づけをする夜に光の精霊は歌うだろう、これを癒しの詩とする』なんて書かれていても地球人の俺にはさっぱり理解できない。もし理解できるのなら俺より異世界に適応できるんだろうな。
「食事ができましたよ」
そう言って、こそこそとしゃがみながら忍び足で知らせてくれるのはメイドのナナだ。昨晩の食事は魚を焼いて香辛料をまぶしたものと、食糧庫に保管されていた干し肉。それにサイダーのような飲み物だった。
どれも簡単な魔法道具で調理されているらしい。魚は目玉が三つあるグロテスクな外見だったが真っ白で綺麗だ。地下に住む淡水魚なのだそうだ。白身魚でたんぱくな味だったがまずくはなかった。どことなく上品な味ですらある。肉に関してはアリシアが説明してくれたのだが四つ足でツノの生えた目が二つの草食獣の肉だと説明してくれた。地球ではわりとポピュラーな外観をしている……と思う。実際みたわけではないのだが、グロテスクなものではないと思いたい。ま、そういうのを差し引いても口にあわないわけではなかった。つぎはサイダーのような飲み物なのだが、これはあまり甘くないサイダーって感じだ。
あとは寝床だが、これに関してはおおいに不満がある。というのも布団もなければベッドもないからだ。一応下に布を敷いてあるものの背中が冷たいし地面は固いしでなんだか関節の節々が痛い。元気な二人を見ると30歳なのだからあまり無理なことはできないのかもな、なんて感じてしまう。
「ナツメ、この先に野イチゴがあるんだけれど摘みに行ったらだめかな?」
悪戯っぽくナナは言う。
「当然ダメだ。どこで誰にはちあわせになるかわかったものじゃないだろ。俺だって我慢しているんだから大人しくしていなさい」
「はぁい」
とおおいに落胆しているナナはとても子供っぽい。
「あ! ナツメ! 誰かの足音がする! 隠れて!」
そう言ってナナは城壁の上にある見張り台に隠れるように言った。耳を澄ませると城壁の外からは馬車の音が聞こえた。まだかなり遠い。
「なんなんだ、あいつらは」
ナナを見るとぶるぶると震えていた。握ってというように手をさしだしてきたので、手をつなぐと汗でびしょりになっていた。
「たぶん、わたくしを捕まえにきた商人だと思います。きっとわたくしを殺しに来たんです」
「殺す? なんで?」
「召喚士は何体もの召喚獣を召喚できるわけではないのです。普通はひとりに一体。二体目を召喚したい場合は一体目を殺すか元の世界に帰さないとけない仕組みなんです」
なるほどね。ということは、俺を召喚したやつもどこかにいるってことだよな。一体なんの目的で俺みたいな凡人を召喚したのだろう。
「大丈夫、俺たちがいるんだから。それに隠れていればばれないよ」
なんとか慰めようとするがナナは丸まってうずくまり、暗い表情をしていた。
「平気だって」
俺が頭をなでてやるとネコのように俺にからみついてきた。ひなたぼっこするネコが団子みたいにくっついている感じ。あるいは子猫が茂みに隠れて、それを親ネコが見張る感じ。
馬車はどんどんとこちらに近づいていたが、1キロと離れていない場所までくると急に反対の方向に向かって行くのが城壁の隙間から見えた。一体何をするために来たのだろうか。
「わたくし、とっても怖いです。地下に隠れています」
俺はより注意深く城の書庫にむかって行った。本の背表紙を見ずに抱えられるだけの本をもっては地下と往復するという行動にうつった。早くナナを元の世界に帰してあげたいからな。