第6話
夢中で描き進め気付くと明け方だった。
「こんなにワクワクするのはいつぶりだろう」
とりあえずこの辺にして仕事へ向かった。
向かう途中もずっと漫画のことを考えていた。
読み切りだけではなく、その先の連載へ向けた展開のことも。
どうやら竜喜は連載まで行く気があるようだ。
もともと天才漫画家として将来を期待されていただけあっていざやる気になるとそこらの漫画家など蹴散らすほどの力を竜喜はもっているのだ。
この日の仕事も手につかなかった。それは昨日とは違い早く自分の漫画を描きたくて仕方がなかったのである。
帰り支度中もソワソワしていたので大橋に声をかけられた。
「どうしたの吹谷君。おしっこでも漏れそうなのかい?」
「あ、いえ。僕漫画を描く楽しさを思い出した気がするんです。ですから読み切りももうすぐ描きあがると思います」
「本当かい。それはうれしいな。正直無理やりやらせてしまったと思って反省していたんだよ。本当に良かった。君の漫画には世界を変える力があるからね」
流石にそれは言い過ぎである。
「竜さん。俺も竜さんの漫画早く読みたいっす。読み切り出来るまで仕事休んでいいっすよ」
「ええ、大丈夫かい。確かに早く漫画は描いてほしいけど」
「大丈夫ですよ。なんとかしますから」
勝手に話を進めないでほしいと思ったが竜喜としても漫画を描くことに集中したいと思っていたところなのでありがたい話であった。
「わかりました。なるべく早く描き上げます」
帰り道でも竜喜はソワソワしていた。
こんなにも漫画を描きたいと思ったことはなかった。
今まで溜め込んでいた分の熱量が一気に解放され冬の寒さをも吹き飛ばすほど竜喜はやる気に満ち溢れていた。
来る日も来る日も描き続けた。
そしてようやく完成した頃には春の風が顔を出し始めていた。
「大橋さん。出来ました」
早速電話をかけた。
「本当かい?今日会えるかい?」
「はい、大丈夫ですよ」
「それじゃ仕事場に来てくれる?今日田崎君と打ち合わせだから」
「わかりました」
電話を切ってすぐに仕事場に向かった。
それほど自身があったのだろう。
「うん。よく描けているよ。悪魔の描写がすごくリアルで良いよ。これなら連載をあるかもしれないね」
他にもいくつかの点を褒められた。
「本当ですか?それはうれしいです」
興奮まじりの竜喜の声にひかれて田崎も近くに寄ってきた。
「竜さん、読ませてもらいますよ」
「あ、うん」
黙々と読みすすめる田崎の顔には時折笑みがこぼれていた。
顔には出さないが竜喜は内心ドキドキしていた。
いくら後輩とはいえ売れっ子漫画家に読んでもらっているのだから。
読み終えた田崎はキラキラした目で竜喜に視線を送った。
「めちゃくちゃ面白いっすよ。やっぱり竜さんは天才漫画家っすね」
久しぶりに褒められるという感情を味わい戸惑ったが素直にうれしい気持ちを受け入れた。
「そうかな。それはどうも」
吐き出す言葉はまだ素直ではなかった。
「うん、それじゃあ読み切り持っていくからね。きっといい返事がもらえると思うよ」
大橋は竜喜の肩をポンと叩いて仕事場を後にした。
その後竜喜は田崎の感想をマシンガンのように浴びせられたので適当な都合をつけて帰路についた。
一週間後、竜喜の読み切りが掲載されることが決まった。
天才漫画家復活などと謳い文句を堂々とつけられて。
そして竜喜の漫画は連載されることになったのだ。
なんともトントン拍子に話が進んだが、竜喜の実力を考えれば当然なことかもしれない。
連載の打ち合わせを終えて帰宅した竜喜は気晴らしに散歩をすることにした。
勿論あの場所を目指して。
「あの、ベルベルさん。僕です、竜喜です。今日はお礼を言いに来ました。もしいるのなら姿を見せてくれませんか」
もう夜の気温も上がってきた春の夜空に突き抜けるような強い風が吹き付けあいつがプカプカ浮かんでいた。
「よお。久しぶりだな」
「ええ、お久しぶりです。今日はお礼を言いに来ました」
「へえ、悪魔の俺にか?」
「僕の漫画連載してもらえることになったんです」
「それはよかったな」
「ベルベルさんのおかげです。あの日出会わなかったら今頃僕は死んでいたんですよね?」
「まあ、そうだな。あーあ、つまんねーな。お前もう自殺しそうにねーじゃねーか」
「そんなこと言わないでください。いや、自殺はしませんけど。とにかくあなたのおかげで僕はいま生きています。本当にありがとうございます」
「別に感謝される筋合いはねーよ。ビビりなお前を脅かしただけさ。それはそうとお前が自殺しないならもう俺とお前が会う理由はないぜ」
「そうなりますね。すこし寂しいですけど」
「ああ、お前みたいなやつはなかなかいないから面白かったぜ。もう自殺なんかしようとするなよ。といっても、人間はその場の勢いでしちまうんだけどな」
ケタケタ笑っていた。
「大丈夫ですよ。僕はもう強く生きていけます」
「け、都合のいい野郎だぜ。まあせいぜい頑張るんだな」
お互いに少し笑って、
「さよなら、ベルベルさん」
「じゃあな竜喜」
ベルベルはそう言い残すと竜喜の目の前から姿を消した。
高台から見下ろす夜景はとても美しく竜喜には見え、清々しい気持ちを余すことなく詩を歌いたい気分になったのであった。




