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第二章 混迷の大国

「はあ~疲れました~」

 とてもお姫様とは思えないだらしなさで、フィーナは応接用のソファに身を投げ出した。

「はい、お疲れ様でした」

「うん、ありがと~」

 アリシアがにこやかに笑って冷たい麦茶を差し出し、フィーナはそれを受け取る。

 コップを両手で包むようにして口を付けるのは、やっぱり誰が見ても子供っぽい。

「殿下もどうぞ」

「ああ」

 差し出されたコップに少しだけ口を付けると、フィンシードは手にした書類に視線を戻す。

 開設されたばかりの大使館だったが、一同は目の回るような忙しさだった。

 着任したばかりのフィンシードは、連日、関係する大臣やら官僚、有力な貴族の元へ挨拶回りをし、秘書であるフィーナもそれに同行した。

 大使館に帰ってきたら帰ってきたで、各部署から上がってくる書類に目を通さなければならない。

 その時、扉を叩く音がして、一人の男が入ってきた。

「殿下、お帰りでしたか」

「クリーズか。作業は順調に進んでいるか?」

「ええ、警務部のみんなが手伝ってくれるので、はかどるようになりました」

 しかしクリーズは肩をすくめて付け加える。

「作業量が多いので、いつ終わるかはわかりませんが」

「すまないな、苦労をかける」

 クリーズら領事部が取り組んでいるのは、ルーンバウム帝国に暮らす、アストリア王国の民の生活の実態調査と住民登録だ。

「それで気になる事を聞いたので、殿下のお耳に入れておこうかと」

「良い報せだと助かるな」

「残念ながら、良くない報せです」

「だろうね。で、どんな事かな?」

「治安が悪化しているようです。暴行や窃盗などの事件に巻き込まれる者が多数いるようです」

「……………」

 アストリア王国のような小国から見れば、目も眩むような威容を誇るルーンバウム帝国。

 しかしその内実は、必ずしも理想郷とは言えないようであった。

「わかった。近い内に治安担当者に会うから、その時に話し合ってみよう」

「お願いします」

 クリーズは丁寧に頭を下げ、執務室を出て行った。

 入れ替わりに騒々しい足音が響いて、乱暴にドアが開いた。

「姫様っ! 庭のお花が咲きました! 一緒に見ましょう!」

 駆け込んできたのは、大使館のメイド三姉妹の次女、ルナだった。

 しかしそこにいた顔ぶれを見て、凍り付く。

「……だ、だから言ったのに。アリシアさんがいるからやめようって」

 少し遅れて息を切らしているのが、長女のリナ。

「……………」

 そしてそのまた後ろに無言でくっついているのが、三女のレナ。

 そんな三者三様のメイド三姉妹を見て、アリシアはため息をついて首を小さく左右に振る。

「部屋に入る時はノックをしなさいと、いつも言っているでしょう? わかったら早く仕事に戻りなさい!」

「ごめんなさ~い!」

「だから私は止めたんだよ~」

「……………」

 三人は逃げるように部屋を出て行く。

 すぐに三女だけが戻ってきて、ちょこんとお辞儀をしてから、開いたままだったドアを閉める。

「申し訳ありません、殿下。私の指導不足です」

「……………」

 丁寧に頭を下げるアリシアの言葉を聞きながら、フィンシードは妹の方を見ていた。

 無理もない。

 自分を呼びに来たせいで三人は叱られたのだ。

 フィーナはしょんぼりとうつむいて、可哀想なくらいに小さくなっていた。

「……フィーナ、今日は仕事はもういいから。好きにしていいぞ」

「え? で、でも……」

 アリシアもやれやれと首を振りながらフィーナに伝える。

「姫様、もし三人に会ったら、夕飯の支度の時間まで自由にしていいと伝えていただけないでしょうか? 私、伝えるのを忘れていました」

「は、はい! ありがとうございます!」

 フィーナは勢いよく立ち上がると、部屋を飛び出していった。

 一国の姫らしからぬ立ち振る舞いは……ああ、そうだ、さっきアリシアに叱られて飛び出していった時のメイド三姉妹そっくりだと、フィンシードは思った。

「……お甘くていらっしゃるのですね、殿下は」

「甘くしたくもなるさ」

 アストリア国内での政争のために、フィンシードとフィーナの兄妹は孤立していた。

 ルーンバウム帝国に来て、三姉妹が身分の違いを超えて仲良くしてくれるようになって、フィーナに生来の笑顔が戻ってきた。

「だからあの三人には本当に感謝しているんだ」

 この友情がいつまでも続いて欲しいと、心の底から願っている。

 アストリア王国とルーンバウム帝国の二国間、あるいはそれぞれの国内の政争に巻き込まれる事なく。

「でも甘いのは君も同じじゃないか」

「……そうですね。私だって、フィーナ様には感謝しているんですから」

 アリシアも微笑む。

「あの子達三人も、決して幸せな生まれじゃないんです」

 三姉妹は下級貴族の生まれだったが、幼い頃に流行病で両親を亡くし、孤児院に引き取られ、今やメイドとして下働きをしている。

「フィーナ様が気さくに接していただけるおかげで、あの子達も救われているんです」

「……………」

 つい先日まで戦争状態だったアストリア王国とルーンバウム帝国。

 それが今は共に手を取り合い、共存と平和の道を歩もうとしている。

 フィーナと三姉妹の国境を越えた友情のように、この二国も共に幸せを分かち合い、与え合う関係であって欲しいと願わずにはいられない。

「それでは殿下、そろそろ失礼します。あの子達に休みをあげた分、仕事が増えましたので」

「ああ、がんばって」

「はい、ありがとうございます」

 にこやかに笑って一礼し、アリシアは部屋を出て行く。

 幸せが分かち合い、与え合う物なら……彼女は誰と幸せを分かち合い、与え合うのだろう?

 一人残されたフィンシードは、そんな事をぼんやりと考えた。

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