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第五章その18

 調印式から数日後、フィンシードは大使館の主なメンバーを大広間に集めた。

 隣には浅黒い顔の男がふて腐れた顔で立っている。

 一同を前に、フィンシードは隣の男を紹介する。

「みんな知っていると思うが、今日からアボットがこの大使館で働いてくれる事になった。過去のわだかまりに捕らわれず、みんな仲良くやっていって欲しい」

 事件の後、アボット達と話をしたフィンシードは、アボットに経理の経験がある事を知った。

 ちょうど経理部で経理のできる人材を探していたので、勧誘したというわけである。

 他にアボットの仲間が三人、コレットとソフィアが開店しようとしている食堂で働く事になっている。

 フィンシードに促されて、アボットも挨拶する。

「アボットだ。

 お前達に恨みはないが、馴れ合うつもりもない。

 このルーンバウム帝国でお前らアストリア人に好き勝手させないために、監視するつもりでここに来た。

 もしお前達のやっている事が俺達のためにならないなら遠慮なく文句を言うし、それでも改善しないならまた実力行使に出るつもりだ。

 そこんとこ勘違いするんじゃないぞ」

「……………」

 新入りのあんまりな言い草に、一同はしんと静まり返る。

 しかしどこからか手を叩く音が聞こえてきて、程なく全員に広がって拍手の波になる。

 アボットが表情を伺うと、フィンシードを始め全員が苦笑いを浮かべていた。

 え? どういう事?

 そしてフィンシードの言葉で一同がそれぞれの仕事に戻ると、アボットはデュラムの姿を探して声をかける。

「おい! どういう事だよ!」

「ん? 何だ?」

「最初はなめられないようにびびらせた方がいいってお前が言うからその通りにしたのに、みんな平気な顔をしてるじゃないか!」

「ああ、その事か」

 デュラムは事も無げに言う。

「うちの殿下は強い」

「は?」

「殿下は王家にだけ伝えられる秘伝の剣技を会得していてな。

 戦争の時はたった一人で完全武装のルーンバウム軍兵士五百人を斬ったんだ。

 お前らが十人くらい揃ったって、屁でもない。

 だからこの間だって単身乗り込んで行けたんだ」

「……………」

 それくらい俺でも軽いけどな、とデュラムは付け加えるのを忘れない。

「みんなそれを知っているから、お前が実力行使なんて言ってもちゃんちゃらおかしいってわけだ」

「……………」

「まあそういう訳だから同じ職場なんだし、仲良くやっていこうや。あと今日は大目に見るが、これからはきちんと敬語で話せよ」

「……………」

「ちなみに大使館が占拠された時、警備部のトップなのに活躍できなかった事を根に持っている、なんて事は少しもないからな」

「絶対に嘘だ!」

 ……とんでもない職場に来てしまったかも。

 アボットはがっくりとうな垂れる。

 神様、俺の人生は真冬に突入でしょうか?

 目に前が真っ暗になった。

「アボットさん」

 自分を呼ぶ女性の声に、アボットは顔を上げる。

「初めまして。今日からあなたの上官になるマリアベルです。経理部は私とあなたの二人だけの部署ですから、仲良くやっていきましょう」

「……………」

 にっこりと笑う顔と、差し出される右手。

 アボットの視線は上と下を行き来する。

「あの……アボットさん?」

「アボットです! よろしくお願いします! 何でも命令して下さい! 命に代えてもやり遂げます!」

 マリアベルの手を両手で握り、ぶんぶかと上下に振るアボット。

 神様、俺の人生に春を寄越してくれてありがとうございます。

 目の前がバラ色になった。

 マリアベルは苦笑いを浮かべて乱暴な握手を受け入れていた。

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