第五章その17
夕刻、フィンシードの姿はとある料理屋の中にあった。
アストリア王国の田舎から出てきた姉妹が夢見る、アストリア人のためにアストリア料理を出す店ではなく、帝都にはいくらでもあるルーンバウム人のためにルーンバウム料理を出す店である。
テーブルを囲むのはフィンシード一人ではない。
クリーズとマリアベルも一緒だった。
「どうも~、お待たせしたッス」
やって来たのは帝都でアストリア料理の店を出す事を夢見る少女コレットと、妹のソフィアだった。
「やっぱり料理屋で働いていたんだな。ルーンバウム料理の味を取り入れるためかい?」
「違うッス。こっそりとアストリア料理の味を仕込んでいるッス」
コレットは大真面目に握り拳を作って力説する。
後ろでソフィアが「まあ味以外にも接客とか料理の手際とか、現場でないと学べない事はいっぱいありますから」と苦笑混じりにフォローする。
「ちょっと臨時収入があってね。店を出すお金を貸そうかと思って」
「ほ、本当ッスか!?」
「ありがとうございます!」
姉妹は揃って頭を下げる。
「……条件があるんだけど」
「条件?」
コレットは少し小首を傾げた後、ぽんと手を打つ。
「わかったッス。ソフィアちゃん、しっかりお勤めを果たしてくるッスよ」
「え? どういう事?」
「だいじょーぶ。王子様はきっと優しくしてくれるから、ソフィアちゃんは一晩天井のシミでも数えていればその間に終わるッスよ」
「いや、そういう事じゃなくてだな……」
「まさか王子様、ソフィアちゃんよりあたしの方がいいッスか? 胸のない女の子の方が好みッスか?」
「だからそんな事言ってないって」
そこでクリーズがひとつ咳払いをする。
コレットの暴走はピタッと止まる。
「殿下、続きをどうぞ」
「ああ、すまないね……条件は二つある」
フィンシードは指を二本立てて見せる。
「店を開いたら、何人か雇ってもらいたい人がいるんだ」
「……男ッスか?」
「ああ」
「わかったッス。いいッスよ」
コレットは即答する。
「ちょうど男手が二、三人、欲しいと思ってたところッス。でも面接はさせてもらうし、ダメだったら遠慮なく落とすッス」
「ああ、それでいいよ」
無理に雇ってもらって、それが元で経営難に陥ったら元も子もない。
「そしてもうひとつ。ルーンバウムに住むアストリア人のための店を作りたいと言っていたよね?」
「そうッス」
「それを少し曲げて、アストリア人とルーンバウム人の架け橋になるようなお店を目指してもらえないかな?」
「……………」
これまで歯切れ良く受け答えしていたコレットだったが、ふいに返答に詰まる。
「そんな事、急に言われても……具体的にどうすればいいか、何も考えてないッス」
「今は約束だけでいい。君はちゃんとやってくれる人だと思うから」
「う~ん……わかったッス。それでいいッス」
コレットは力強くうなずく。
「すまないね、無理を言って……これで決まりだね。僕らは君達のお店のために、全面的に協力するよ」
「ありがとうございます! よろしくお願いするッス!」
フィンシードが差し出した手を、コレットは両手で握ってぶんぶか上下に振る。
手を放した後は、妹と手を取り合って喜びを分かち合う。
「細かい事はこの二人と話し合って決めて欲しい。クリーズはこの辺には顔が利くから店舗選びなどで力になれると思うし、マリアベルは経営の面で力になれると思う」
そして今度は四人で握手を交わし合う。
「でも王子様、ただでさえお金を借りてお世話になっているのに、それ以外にもお世話になるわけにはいかないッスよ」
変に遠慮したコレットの言葉に、マリアベルとソフィアが眉をつり上げる。
「何を言っているんですか。お金を貸したのは私達なんです。きちんと経営して、きちんとお金を返してもらわないと私達も困るんです」
「そうだよ、お姉ちゃん。私達は料理と接客はできるけど、経営は素人なんだから。お世話になった方がいいよ」
「あう……わかったッス……」
しょんぼりとうな垂れるコレットに、マリアベルは明るく笑いかける。
「私もお店ができるのを楽しみにしている一人ですから。一緒に素敵なお店を作りましょうね」
改めてコレットとマリアベルが握手をして、協力を約束する。
そして話題は店の具体的なプランに進み……。
店の主人がいつまで経っても仕事に戻らないコレットとソフィアを怒鳴り付けるまで続いた。




