第五章その7
アストリア大使館と立てこもる賊を取り囲むルーンバウム帝国軍。
アリの子一匹通すまいと厳重に固められた陣地の隙間を縫って、一陣の風が吹き抜けていく。
弩を手に油断なく目を光らせる兵士の右を、重い槍を掲げたまま彫像のように微動だにしない兵士の左を、二人のアストリア人は駆け抜けていく。
それはアストリア王国の森を、木々の隙間を縫って飛び回る野ウサギのように身軽で、自分の横をすり抜けた事にルーンバウム軍の兵士が気付いた時には、すでに手の届かない場所まで走り去っている。
自分達が正面の大使館にばかり注意を向け、周囲の警戒を怠っていた事に気付いた時には、二人のアストリア人は陣地をすり抜け、大使館の門まであとわずかの場所まで来ていた。
「と、止まれ!」
そして制止の声を上げた時には、二人はとっくに門を越えている。
槍を持った兵士は門に殺到しようと身体を動かしかけた。
弩を持った兵士は狙いを定めて引き金に指をかけた。
「やめろ!」
命令を待たずに動きかけた兵士達を押し止めたのは、アストリアの女騎士だった。
大使館を守るように仁王立ちし、剣を突き付けて凛とした声を張り上げる。
「これより先はアストリア王国の領内である! 許可なく立ち入る事はアストリア王国の主権を侵害する行為であり、アストリア王国国内法に基づき、駐在武官ミーティアが実力を以て排除する!」
まず女騎士が放つ気迫に足を止めた兵士達は、続いて女騎士の言葉の意味で我に返った。
門を越えた向こう側、大使館の敷地内は法的にはアストリア王国の領内であり、多数の兵士が武器を持って押し寄せる事は、宣戦布告にも等しい行為なのだ。
うかつに一歩を踏み出せば、国際的に非難を浴びて処罰されるのは自分達なのだ。
困り果てた前線の小隊長は、動かないよう兵士に厳命し、上官であるエドヴァルド将軍に指示を仰ぐ事にした。
ルーンバウム軍が動きを止めた事を確かめ、ミーティアは内心で安堵のため息を漏らす。
それでも視線はルーンバウム軍から外さないまま、背中越しにフィンシードの無事を祈った。




