第五章その3
部屋に戻ってきたフィンシードに、待ちかねたようにシルヴィールが近付いて声をかける。
「殿下、みんなで話し合って気付いたのですが……」
「なんだい?」
「もしかして賊は、解放したくないのではなく、解放したくてもできないのではないでしょうか?」
「……どういう事かな?」
「地下のワイン蔵です」
説明を引き継いだのはアルドだった。
「地下のワイン蔵に逃げ込んでしまえば、賊には手出しできません。他の部屋に立てこもっても力づくでドアを開けられるでしょうが、ワイン蔵は絶対に無理です」
「何だ、みんなも気付いたのか……いや、みんなも知っていたのか、ワイン蔵の事」
「はい、アリシアさんから教わりました。みんなもそうです」
答えたのはフィーナだ。
フィンシードは一同を見回すが、否定の答えは返ってこない。
やれやれ、アリシアの日頃の行いに、当人だけでなくみんなも救われた、という事なのかも知れない。
シルヴィールが気になる事を口にする。
「問題はアリシアさん以外の人が人質になっているかどうかですが……」
「ああ、それなら心配ない。誰も人質になっていない事は確認した」
「どういう事ですか?」
「さっき、人質の中の女性の人数を確かめてもらったんだ」
「アリシアさんとマリアベルさんが残っているはずだから……二人ですよね? 窓口も閉まっている時間だから、他には誰もいないはずです」
「いや、三人いるはずだから確認してくれと言ったら、三人いる、と答えが返ってきたんだ」
「え? 三人?」
「お兄様、三人ってどういう事ですか? アリシアさんとマリアベルさんの他に誰かいるんですか?」
「ほら、フィーナ様、きっと幽霊ですよ、ユーレイ」
「……まあバカは放っておいて」
「あーっ! バカってどういう事ですか!」
バカ呼ばわりされて憤慨するミーティアを無視して、フィンシードは説明を続ける。
「二人しかいないはずなのに三人だと答えたという事は、奴らは女性の人数を確認できないという事だ」
「二人がワイン蔵に逃げ込んだからですよね?」
「そうだ。そして奴らは人質になっていないという事を隠そうとしている。だから三人いるはずというこちらの言葉に飛び付き、確かに三人いると答えたんだ」
「で、でもアリシアさんとマリアベルさんが人質になっていないとしても、男の人が人質になっていたら……」
「それも大丈夫。人質がいるなら女性の人数を確認して二人と答えるはずだし、そもそも人質がいるなら女性の人数を確認できない事を隠す必要もない」
「という事は……」
「人質はいない。全員、ワイン蔵に逃げ込んだ、という事になる」
フィンシードがしっかり言い切ると、一同は歓声を上げる。
それぞれ抱き合ったり肩を叩き合って、喜びを分かち合う。
「殿下、早速エドヴァルド将軍にこの事を伝えましょう。すぐに兵士を送り込んで、みんなを助け出してもらいましょう」
シルヴィールが言い、みんなも熱心にうなずく。
ただフィンシード一人が厳しい表情を見せる。
「……いや、ちょっと待って欲しい」
フィンシードの言葉に、一同は静まり返る。
たちまち自分に集まる視線を感じながら、フィンシードは一同を見返す。
唯一の年長者として、年若いフィンシードらを見守るラーカイラムはここにはいない。
フィンシードが軍にいた頃に副官を務め、今も片腕として最も頼みにするデュラムもここにはいない。
実直な人柄で知られ、様々な問題に正面から向き合うクリーズもいない。
おどけた態度と巧みな弁舌で相手を煙に巻き、交渉を優位に進める技術に長けたハーディングもいない。
おしとやかで物腰の柔らかい女性ながら、大使館の金庫番として財政事情を支えるマリアベルもいない。
そして三姉妹を率いて大使館での食事や掃除などを一手に引き受け、みんなの職務を影から助けるアリシアもいない。
ここにいる中で、剣を使えるのは自分を含めて三人だけ。
知恵が回るのは、専門とはほど遠い薬師のシルヴィールのみ。
料理や掃除、買い物ではアリシアの手足となって有能な働きを見せるメイド三姉妹も、今回のような事件の前では手も足も出そうにない。
妹で秘書を務めるフィーナが役に立つはずもない事は、他の誰よりもフィンシード自身がよくわかっている。
フルメンバーにはほど遠い、陣容と呼ぶにはあまりにも頼りない面々である。
それでも、きっとできる事はある。
戦争でも平和な時でも、自分自身を含めたあり合わせの手駒だけで戦いを挑まなければならない。
少なくともフィンシードがこれからやろうとしている事に必要な物は、良く訓練された屈強な兵士と磨き上げられた剣や槍と一糸乱れぬ統率ではない……。
「エドヴァルド将軍に知らせるのは待って欲しい」
「どうしたんですか? 殿下」
シルヴィールが代表して問いかける。
「僕が乗り込んでいって、大使館から退去するように説得しようと思う」
「危険です! 殿下まで人質になってしまったらどうするんですか!?」
大きな声を上げるのはアルドだ。
「そうでもないよ。人質がいるなら手も足も出ないけど、そうじゃないなら交渉の余地はあると思う」
「ですが……」
「アルド、人質がいない事をエドヴァルド将軍に教えたら、どうすると思う?」
「軍を送り込むと思います」
「そうだ。それが一番確実で手っ取り早い。誰だって真っ先にそうする事を考えるだろう」
フィンシードは明快に言い切る。
「だけどきっと犠牲者が出る。それが賊にしろ軍の兵士にしろ、怪我人だけじゃない、死者だって出るかも知れない。
そして事件は解決して、僕らはまた大使館での生活に戻るわけだ。誰かが血を流し、命を落としたかも知れない場所で。それでも何もかも元通りで、笑ってめでたしめでたし、なんて言えるのかな?」
「……………」
「少なくとも僕達は、そんな事のためにこの国に来たわけじゃないはずなんだ」
「……………」
一同は沈黙する。
やがて一人、また一人と賛成の声を上げ、兄の身を案じるフィーナも最後には賛成に回った。
「みんな、ありがとう」
フィンシードは深く頭を下げる。
「じゃあみんなに手伝ってもらいたい事がある。まずはフィーナ」
「は、はい!」
思いも寄らず名前を呼ばれて、フィーナは飛び上がる。
「どうせエドヴァルド将軍にこの事を話しても、受け入れられないと思う。兵士を送り込む事を主張されるのがオチだ」
もしフィンシードが単独で話し合いに乗り込み、捕まって人質にされたり、怪我でもすれば、ルーンバウム帝国とアストリア王国の間で外交問題となり、エドヴァルド将軍はその責任を負う事になる。
そんなリスクを喜んで背負うはずもない。
兵士を送り込んで、手っ取り早く事態を収拾したいと思うに違いない。
「だから僕達だけで勝手にやる。僕が大使館に入った後、フィーナにはエドヴァルド将軍に説明してもらいたいんだ」
「わ、私がですか? そんなの無理ですよ!」
フィーナは大慌てで首を左右に振る。
あんまり激しく振るから、首がもげるんじゃないかと一同は思った。
「しっかりしろ。お前だって父上の娘だ。それくらいできるはずだ」
「で、でもぉ……」
泣きそうな顔でしゅんとなるフィーナ。
「シルヴィール、君はフィーナに付いてやってくれないか?」
「ええ、構いませんが……私が代わった方がいいのでは?」
シルヴィールが言うと、フィーナの表情がぱっと明るくなった。
今度は首を縦に激しく振るから、一同はやっぱり首がもげるんじゃないかと心配になってくる。
「いや、その必要はない。フィーナなら大丈夫だ。きっとやれる」
「そうですか……わかりました。私がそばにいて、ダメだと思った時は代わります」
「そうしてくれると助かる。妹を頼むよ」
「はい」
フィンシードがシルヴィールの肩を叩いて、フィーナを振り返ると、今度は頭を抱えて小さくなっていた。
「フィーナ」
「は、はい!」
「僕がそばにいる時はいい。お前の事を守ってやれるし、難しい事も大変な事もみんなやってやれる。だけどずっとそばにいれるとは限らない。そんな時どうする?」
「で、でも私はお兄様と違って強くないし、頭だって良くないし……」
「難しい事はみんなに頼ればいい。でもみんなをまとめ、決断し、先頭に立つのはお前だ。それだけはお前に頼みたいんだ」
「……………」
「お前なら大丈夫だ。今までずっと僕のそばにいてやり方を見てきたし、何よりも僕の妹だ。お前ならきっとできる」
「私も付いています。大丈夫ですよ、フィーナ様」
シルヴィールもフィーナを励ます。
「フィーナ様ならきっとできますよ。ね?」
「そうですよ。私たちも応援してますから」
「……………」
そしてメイド三姉妹もフィーナを取り囲む。
「みんな……わかりました。お兄様、がんばってみます」
フィーナは決意を込めて、力強くうなずく。
「そうだ。それでこそ俺の妹だ」
そんな妹の肩を叩き、フィンシードはこれからの指示を伝える。
フィーナはそのひとつひとつをうなずきながら聞く。
そしてフィンシードは最後にエドヴァルド将軍宛の書状を書き、フィーナに託す。
「あとは……ミーティアは僕に付いてきてもらおうか」
「お任せ下さい。殿下の身は命に代えてお守りします」
「そういう事はしないつもりなんだが……まあいい、その意気で頼む」
「はい!」
ミーティアは敬礼で決意を示す。
「僕も殿下のお供でしょうか?」
そう聞いてくるのはアルド。
「いや、アルドはフィーナとシルヴィールと一緒にいて欲しい」
「わかりました……ですがミーティア一人で大丈夫ですか?」
「バカにするな! 私より弱いくせに!」
ミーティアが憤慨し、ひえっと悲鳴を上げてたじろぐアルド。
苦笑してフィンシードはアルドの肩を叩く。
「ミーティア一人で大丈夫だよ。どうせ戦うような事にはならないはずだ。それにアルドの役目だって同じくらい重要なんだ」
フィンシードにとって、妹のフィーナもシルヴィールもメイド三姉妹もかけがえのない存在だ。
もしその身に何かあったり、人質になるような事があれば、フィンシードは手足をもがれるのも同じである。
「なるほど……確かに重要な役目です。命に代えてもお二人を守ります!」
「もっとも、エドヴァルド将軍が人質を取ってどうこうするような人だとは思わないし、将軍が本気になって兵を送り込んできたら、一人で守りきれるはずないんだけどね」
「……………」
「まあ女性ばかり残るのも心配だし、そばにいてやってくれ」
「はあ……わかりました」
アルドは不承不承、うなずく。
「よし、あとは……」
「待って下さい!」
声を上げたのはメイド三姉妹の次女ルナだった。
「私達にも何か手伝わせて下さい! アリシアさんを助けたいんです!」
「お願いします! 私達だって大使館の一員なんです!」
「……………」
必死に訴えるメイド三姉妹。
……相変わらず三女のレナだけは何もしゃべらないが、それでも熱意だけは伝わってくる。
フィンシードは苦笑して、レナの頭に手を置く。
「心配するな。お前達の出番もちゃんと考えてある。しっかり頼むぞ」
「はい!」
「……………」
リナとルナが元気に声をそろえて返事をする。
……相変わらずレナだけは無言だった。




