序章その2
彼の目の前で、館は焼け落ちようとしていた。
足元には数百の兵士の死体。
その全てが彼一人の手によって命を奪われ、その蛮行をあの世で後悔する事になった。
煙と血の臭いとが埋め尽くす世界に、彼一人だけが立ち尽くしていた。
……虚しい。
大切な人を守るという誓いは果たせなかった。
復讐はしないと、交わした約束さえ守れなかった。
血の滲む思いで会得した、王家にだけ伝わる秘伝の剣技も、彼に預けられた軍隊も、何の役に立たなかった。
大切な人を守る事はできなかった。
その罪を背負う全ての人間を手にかけてなお、心は晴れなかった。
虚しさだけがこみ上げ、胸を埋め尽くそうとしている。
復讐は何も生まない。
言葉だけなら、誰でも簡単に口に出せる。
しかし本当にその意味を知るのは、愛する者を失い、その胸に決して埋められない空洞を見付けてからだ。
……もう、殺さない。
そして決して殺させない。
大切な人を守るという誓いは果たせなかった。
復讐はしないと、交わした約束さえ守れなかった。
そんな彼が絶望の中に見出した、新たな誓い。
戦わない事。
そして戦わせない事。
それこそが、彼自身に課せられた、終わる事ない新たな戦い……。
百年に渡って大陸全土を巻き込んだ戦乱は終息し、やがて平和と協調の時代を迎える。
アストリア王国第三王子フィンシード。
彼が特命全権大使としてルーンバウム帝国に赴く、二年前の出来事であった。