第三章その7
「お金貸して下さい!」
応接室のドアを開けるなり、フィンシードの視界を埋め尽くしたのは女の子の顔だった。
「だっ、だめだよ、お姉ちゃん! いきなり失礼だよっ!」
しかしすぐにもう一人の女の子に引きずられていき、女の子の顔は小さくなっていく。
「……名前も知らない女の子から金貸してと言われたのは生まれて初めてだよ」
「奇遇ですね。私もです」
呆れ顔のフィンシードとクリーズ。
「それは失礼したっス。あたしはコレットっス。それでこっちが……」
「妹のソフィアです。よろしくお願いします……ほら、お姉ちゃん、頭下げて」
全く悪びれた様子がないコレットと、ひたすら平身低頭のソフィア。
何とも対照的な二人である。
「僕がアストリア大使のフィンシードだ。よろしく」
「……って事はあなたが噂の王子様っスか。いやあ、本当に会ってくれるとは思ってなかったっス」
「だからお姉ちゃん、失礼だよっ」
そんなこんなで四人は椅子に座り、そこにアリシアがお茶を持ってきて、ようやく話し合いが始まる。
「話は概ねクリーズから聞いたけど、詳しい事は君たちの口から聞きたいな」
「いいっスよ」
気安く返事をするのは、やはり姉のコレット。
「ここルーンバウムでは、アストリアから出てきた人が増えているじゃないっスか」
「ああ、そうだね」
「でも違う土地の人達の中で生きていくのは大変だし、時には故郷の料理の味が恋しくなる時もあると思うっスよ。それでアストリアの人達が集まって故郷の料理を囲む、そんなお店を作りたいっス」
「お姉ちゃん、すごく料理が上手なんですよ」
妹のソフィアが控えめに姉を持ち上げる。
「お店の名前と看板のデザインも決めてあるっス」
じゃん、と取り出した紙には、流れ落ちる滝の雄大な姿を意匠化したデザインが描かれていた。
「名前は『ハバラートの滝』亭。これが看板のデザインっス」
「……ハバラートの滝?」
この中で唯一、アストリア出身ではないアリシアが首を傾げる。
「アリシアは知らないのか。アストリアにはそういう名前の滝があるんだ」
金色の竜が住まうとされる霊峰ハバラート山。
それと同じ名前を冠した雄大な滝は、アストリアの人間にとって心の聖地というべき大切な場所である。
アストリアの人間であるなら、名前だけでその店がどんな店なのかまで想像できるだろう。
姉妹二人が思い描く店に、これ以上の名前はないに違いない。
「あたし達、アストリアから出てきたばかりでお金がないっス。ルーンバウムの人達はアストリアの人にはお金貸してくれないし」
「働いてお金は貯めてますけど、お店を出せるのはいつになるかわかりません。お願いしますっ!」
二人は揃ってテーブルに頭をぶつける勢いで頭を下げる。
「そうは言われてもなあ……」
「貸してくれないなら、無条件で譲ってくれても構わないっス」
「……さらにダメだろ」
「じゃあ代わりに妹のソフィアを一晩貸し出しするっス。大人しそうな顔して、脱いだらちょっとすごいっスよ」
「ちょ、ちょっとお姉ちゃん! 何言ってるのよ!」
「王子様のお気に入りになれば一攫千金玉の輿も夢じゃないんだから。ソフィアちゃん、一晩がんばって王子様にご奉仕しないと!」
「ご奉仕も玉の輿も無理だから! ……じゃなくて、お店を出すお金を借りに来たんでしょう? いつの間にか違う話になってるよ」
「あ、そうだった」
と、ここでフィンシードがひとつ咳払いをする。
「ええと、そろそろ本題に戻っていいかな?」
「あ、すまなかったっス」
ちょこんと頭を下げるコレット。
「申し訳ないが、君達のような者にお金を貸し出す制度はないし、この大使館もできたばかりで金銭的な余裕はあまりないんだ」
「それなら王子様のポケットマネーでも構わないっス」
「王子といったって僕は三番目だし、アストリアは小国だ。自由にできるお金はそんなに多くないんだ」
「それなら……ええと、そこを何とかならないっスか?」
「お姉ちゃん、やめようよ」
割って入ったのはソフィアだった。
「これ以上食い下がってもみなさんに迷惑かけるだけだよ。お金はこれまで通り二人で働いて稼げばいいじゃない」
「……………」
コレットはらしくもなく考え込む。
しかしすぐに笑顔をソフィアに向ける。
「そうだね。ソフィアちゃんの言う通りかもね」
そして立ち上がると、フィンシードらに深く頭を下げる。
「お時間を取らせて申し訳なかったっス。これで失礼するっス」
「すまないね、期待に応えられなくて」
「これでも感謝してるっス。こんなどこの馬の骨とも知れない二人を、クリーズさんは信用して王子様に会わせてくれたし、王子様は真剣に話を聞いてくれたっス。それだけで充分っス」
二人は立ち上がり、揃って頭を下げて部屋を出て行く。
……寸前でコレットは振り返って、ひと言。
「また来るっス」
「……ああ、楽しみにしてるよ」
フィンシードは苦笑した。




