第二章その5
その日の夜、仕事を終えたフィンシードは一人、執務室でくつろいでいた。
そこにアリシアがお盆の上に一杯の紅茶を乗せて入ってくる。
「殿下、今日も一日、お疲れ様でした」
「ありがとう」
受け取った紅茶に口を付ける。
豊かな芳香と喉を流れていく温かさが、一日の疲れを優しく溶かしていく。
茶葉はそれほど高級な物ではないはずだが、アリシアの手にかかると身も心も生き返らせる魔法の薬に早変わりする。
アリシアが入れてくれる紅茶は、ルーンバウム帝国に来てフィンシードが手に入れた、かけがえのない物のひとつになりつつあった。
「今日は大変な事がありましたね」
「そうだな」
フィンシードとフィーナが大使館に戻り、程なくデュラムとミーティアも無事に戻ってきた。
襲撃者の腕がそれほどでもない事はわかっていたし、あの二人なら万が一にも後れを取る事などあり得ないのはわかっていた。
しかし襲われた事を知ったメイド三姉妹は、まずフィンシードとフィーナに怪我はないかと大騒ぎし、無事とわかれば、残してきた二人の心配をしてどうしようどうしようと大騒ぎし、戻ってくればやっぱり怪我はないかと大騒ぎし、無事とわかれば良かった良かったと大騒ぎしていた。
その後はミーティアが自分の活躍を身振り手振りを交えて面白おかしく語り、それが終わるまで三姉妹は何だかんだと大騒ぎだった。
……さらにその後、ミーティアがフィンシードの元に押しかけて手合わせを求め、ちょっとした騒ぎになったのだが。
気になる事もある。
治安の悪化は経済的な理由が原因だと思われていた。
しかしわざわざアストリアの人間である事を確かめてから襲ってきた事。
襲撃者のリーダーの口ぶりから、それ以外の理由があるような気がするのだ。
「……少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
アリシアがそう切り出してきた。
にこやかな笑顔に、いつもと変わりはない。
「何かな?」
「少し話しづらい事なので……場所を変えてもよろしいでしょうか?」
「ああ、構わないが……」
「では付いてきていただけますか?」
そう言ってアリシアはドアに手をかける。
フィンシードはカップの底に少しだけ残っていた紅茶を名残惜しげに飲み干して、イスを立つ。
そして二人は執務室を出て行く。
とうに寝静まった大使館で、二人の夜だけはまだ終わらない。




