序章
せっかくなのでネット非公開だった旧作の公開でもしてみようかと。
個人的にラノベ新人賞投稿を再開するきっかけになった思い出深い作品です。
それにしても完成したの2010年か……(吐血
お時間がありましたら一読していただければと。
いずれリメイクとかしてみたいと思ったり思わなかったり。
「こら、フィン君、動かないで。薬草が上手く塗れないじゃない」
「うん……ああっ、もう少しで何か掴めそうなんだけどなあ……」
フィンシードは空に向けて手を伸ばす。
その手で掴み取るのに、太陽はあまりにも遠すぎる。
フィンシードの手の平は何も掴む事はできず、ただ握り拳へと姿を変える。
「でも変なの。フィン君は毎日毎日傷だらけなのに、ライナスさんは近頃、怪我しなくなった気がするのよ」
「……ライナス兄さんは諦めたんだ」
フィンシードはぽつりと答える。
アストリア王家の男子だけに伝えられる秘伝の剣技。
その神髄は攻撃の予備動作を瞬時に見極め、相手の攻撃より先に回避と反撃を同時に行う、という常軌を逸した物だ。
そしてそれを体得する手段はそれ以上に常軌を逸している。
相手の攻撃を受け、反撃する。
ただそれだけを、数年間に渡ってひたすら繰り返すという大ざっぱで非効率的な物だった。
コツを掴み、神髄を体得すれば、一人で数百人の兵士に匹敵する力を手にすると言われる、危険な剣技だ。
しかし体得できなければ、数年間を棒に振る事になる。
実際、フィンシードの父と二人の兄もこの剣技を体得できていない。
ここ何代か、体得できた者がいないくらいだ。
「……フィン、考えてもみろ。血の滲む思いで修行して、一人で百人の兵士を倒せるようになったとする。
一人の人間にとってはすごい事かも知れないが、それでも二百人の兵士には敵わない。
それなら二百人の兵士に対して三百人の兵士を揃えて立ち向かう事を考えるべきじゃないか?
それが俺達、王族の務めじゃないのか?」
近頃、修行を手早く終わらせては勉強に勤しむライナスは、そんな事を言っていた。
まだ十五歳のフィンシードは兄の言葉に漠然と反感を抱きながら、明確な反論の言葉を用意できなかった。
「ふうん」
わかったのかわからないのか、エレーナは生返事を返す。
エレーナはライナスの婚約者だった。
当人同士の恋愛による物ではない。
双方の父親同士が勝手に決めた婚約だった。
「ライナスさんは私の事を大切にしてくれる。とても大切にしてくれる。でも……」
エレーナはそう言って寂しそうに笑う事があった。
フィンシードの目から見ても、ライナスは自分の婚約者の事を愛していた。
しかしその愛し方は彼女の望んだ物とは遠くかけ離れていた。
カゴの中の鳥は、果たして閉じ込められた事に感謝するだろうか?
それが大切な者を守りたいという一心だったとしても……。
「ライナスさんがフィン君みたいな人だったら良かったのに」
決して「フィン君が婚約者だったら良かったのに」とは言わない。
だからエレーナの陽だまりのような笑顔は、すぐに捕まえられるほど近くにいるのに、フィンシードが触れる事は許されない存在だった。
「ねえ、フィン君」
「何?」
「もし私が殺されたとしたら、復讐する?」
「え? どうしてそんな事聞くの?」
「別に深い意味はないけど……私は自分が殺されても、フィン君には絶対に復讐しないで欲しいの」
「うん、わかったよ」
「本当にわかっているの?」
エレーナはフィンシードの顔をのぞき込む。
フィンシードはごろんと寝転がって視線を避けた。
だって、エレーナは僕が守るから。
そのために毎日毎日傷だらけになって修行を繰り返しているから。
エレーナが殺されるなんてあり得ないから。
そもそも復讐するとかしないとか、それ以前の問題なんだから……。




