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機神エルベラ  作者: 楽音寺
第一章 響け!ウェディングマーチ
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「響け!ウェディングマーチ」その9

-9-



カーテンが音もなく揺れている。

窓からは乾いているけれど爽やかな風が吹いていた。もう昼下がりだ。


砂の街にそびえたつ象牙の塔・・・領主館の一室。


この僕、ジョウ・ジスガルド二等指揮官は、

やたら豪華な造りのベッドに寝転んで天井を見ていた。



(よく考えてみれば、ジーンの提案も悪くはないんだよな)


(奴が本気でエルベラの秘密を開け渡すつもりなら・・・

あくまで一時的に、暫定的(ざんていてき)に、話に乗ったフリをして頂いてしまえばいい)


(故郷を捨てて敵の孫娘と結婚するなど正気の沙汰ではないが)


(僕はもとから裏切るつもりなのだ。いわば政略結婚だろう。

うむ、それなら理解できる)



ちらりとベッドの脇に置いた装備を見た。

錆びた鉄色のマントはきちんと畳まれてる。

兜のない(道中で捨てた)全身鎧もさっき砂埃を落としたので光沢を取り戻した。

愛用のサーベルは研いで布で磨いた後に鞘に収め、枕元に置いてある。


ちなみに鎧の下に着ていた強化繊維の服はボロボロになったので捨て、

手荷物のなかに収めていた普段着に着替えている。


といっても僕は普段の重装備の反動か、

部屋で休むときはほとんど下着だけで過ごすので、

今も上半身裸にパンツのみの姿だった。



(・・・他人の家に泊まるのは初めてだな)



思えばいままでの任務はほとんど戦場の只中(ただなか)、最前線での泥試合で…。

生まれてから12年、兵士や指揮官は経験したが、

隠密(スパイ)として敵地に潜入したのは実は今回が初体験(はじめて)だった。


(隠密…向いてなかったな…)


戦争の申し子と呼ばれた僕が、

いまさら殺気を隠してただの子供に化けれる筈もない。


ジーンにも見破られようというものだ。

平和な場所は・・・苦手なのだ。



(部下たちはどうしてるかな・・・

鬼軍曹殿は相変わらずだろう・・・

あの女、僕のカナリアの世話を忘れていやしないだろうな?)



あの女。僕の母親、ジェノバ・ジスガルド。


いまは蒸気都市ラグネロの湖のほとりの家で、

洗濯でもしながら家族の帰りを待っているはずだ。


(ふん、柄にもなく帰郷病(ホームシック)めいた気分になってしまったが──

あんな家に帰りたいだなんて。我ながらどうかしてるぜ)


家にはあの男がいるのに。




こんこん、とノックの音。


僕は舌打ちをして、サーベルを手に取り扉の横に身を潜める。

侵入者をいつでも殺せる体勢だ。


「誰だ?名を名乗るがいい」

「ジョージ様、わたしです」

「ふん・・・貴様か。何の用だ。つまらん用件だったら却下するぞ」


あう、と扉の向こうでチルティスが唸った。

おずおずと、照れてるんだか何だか分からない躊躇(ためら)いがちな様子で言う。


「用ってほどでは無いんですけど・・・夜のパーティまで時間がありますし、

一緒に街を散歩でもしませんか?

えへへ、だ、ダメかな」


(なんだよ、想像以上につまらん用件だな・・・)


しかし街を視察するのは悪くない。

迅速に占領するには地形の確認が必要だし、

土地勘のあるこいつに案内させるとするか。


それに・・・一応、作戦上の嘘とはいえ僕の花嫁となる女だ。

少しくらい手懐(てなず)けておいた方がいいだろう。


僕はチルティスの申し出を快諾した。扉の向こうで喜びの声があがる。

ふん、ジーンよ、貴様の思惑は知らないがこの女はせいぜい利用させてもらうぞ。


僕は扉を開けた。


「あはっ、ジョージ様って、くまちゃんのパンツなんて履くのですねw

意外と可愛い所が」


僕は扉を閉めた。無言で。

・・・くそっ、下着姿なのを忘れてた!腹が立つ!





砂煙の街エルベラのメインストリート。

先刻は捕虜として手枷つきで歩かされていたので分からなかったが、

ここは住宅街でもあるようだ。


幅広い石畳の道を行き交う人の群れ。ときどき犬。

酒場の看板娘が呼び込みの声をあげている。繁盛しているな。


民家の屋根には、青空を背景にして白い洗濯物がはためき、

見るものに爽やかな印象を与える。

異国の匂いがする。


この街を占領しにきた刺客の僕ですら

観光気分にさせられるような、そんな場所だった。



「ここは"旅のラゴス通り"って言います。

渓谷を越えた旅人がその疲れきった体を休める休憩地点ですね」


「ふうん・・・そういやあの渓谷を通る旅人は多いのか?

貴様ら門番もいるし、

基本的にエルベラは閉鎖された町なのだと思っていたのだが」


「あはは、まさかただの旅人にまで手は出しませんて。

門番(わたしたち)が通せんぼするのはオジイチャンが決めた危険人物(ブラックリスト)だけですよう」


「一応、僕もただのパーティ参加者の振りをしてたんだがな・・・

なにを根拠に危険と判断しやがったんだあの爺は・・・」



僕が戦争大好きラグネロの出身だからだろうか?

それは幾らなんでも差別が過ぎるぞ・・・。

まぁ本当に侵略するつもりなのだから何も言えないが。



「え、でも私から見てもかなり怪しい人でしたよ?ジョージ様」


「ああ?嘘だろ、これでもスパイとしての訓練は一通り受けてるんだぜ、僕」



他国に潜入しても怪しまれないように、

その国の言語から宗教から政治経済から、

ベッドの上での作法まで細かく厳しく躾られているのだ。


まさかチルティスみたいなマヌケな女に見破られる訳がないだろう。

一体どこが怪しかったというのだ?


「だって・・・木とか泥とかトカゲとか食べようとしてましたもん・・・」

「え…普通食べない?」


「たっ、食べませんよー!

ジョージ様の主食はアレなんですか?

結婚して毎朝アレをつくれと言われたら困りますっ」


「いや主食ではないが、行軍中はあれくらい仕方がないだろう。

味とか好みとかそういう瑣末な要素は無視してだな・・・」


「だめー!ぜんぜん瑣末じゃないです!食べ物は味で選んでください!」



なんと。一般人というのはそういう事にこだわるのか・・・。


考えてみれば蒸気都市ラグネロは皆兵制(かいへいせい)で軍人しかいないから、

他の大陸の人間がどういう感覚を持っているのかを、

僕は(知識としてはともかく、実感としては)知らないのだった。



「・・・わかったよ。じゃあ普通の食文化ってやつを教えてくれ。

夕食まで時間もあるし軽く何か食べようぜ」


「と、トカゲ以外の物ですよね?」


「当たり前だ!

・・・ふん、そういえばおにぎりの礼もしてなかったな、

僕がおごってやろう。良い店があったら案内するがいい」


「わぁいっ!ジョージ様やさしいっ!そして相変わらずムダに偉そう!」



わいわい、がやがや…。

まわりの喧騒に負けないくらいの声でわめく僕ら2人は、

チルティス推薦(おすすめ)の店に入るまで、

はぐれないように互いの手をつないだ。




(まさかこいつに何かを教わるなんて)


僕は少しだけ──


(世界って広いんだ。まだ僕が知らない事がたくさんあるんだな・・・)


──ほんの少しだけこの女と、上手くやれそうな気がした。

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