「受け継げ!領主の赤き鎧」その19
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さら…と風が頭上の木々を薙いで、
僕らのいる広場にはらはらと若葉を舞わせる。
空から桜色の花吹雪が降る。
朝露に濡れた蜘蛛の巣には朝食を待ちわびるちいさな夏蜘蛛がいる。
このエルベラと荒野の中間地点にひっそりと存在する森林も、
このままではヤツに踏み荒らされてしまうのだろう。
それをさせない為にも、切り株を囲んで、僕たちは魔女の言葉に耳を澄ます。
「──あれは攻撃されるたびに耐性を獲得していく究極にして万能の防具なの。
私の魔剣で攻撃しても、瞬時に雷に対する絶縁性を高めて肉体に電撃が届かないようにしていた。溶岩で包み焼きにしても、鎧を変形させ液体の流入を防いだ上で水の精霊の力で内部温度を維持していたわ。
今はもう既に生命維持装置が造られてて、恐らく窒息も老化も毒殺も餓死も効かなくなっているでしょう。
どんどん新しい機能が追加されていく。
弱点が研究され、対策されていく。
あの鎧自体が要塞であり武器庫であり研究所、
ひとつの自己完結した防衛システムなのよ」
ふむ…。
僕は顎に手をあてて考えた。
クラディールの分析結果は、蒸気都市ラグネロの
災害に対する能力認識とだいたい一致する。
付け加えるなら、あの鎧の“進化”は必要が無くなれば長くて7日でリセットされる、という点だ。たとえ進化の過程で翼を得ても、使わないまま時が経てば初期状態に戻ってしまう。
それが可能性というものの限界なのだろう。
無限に成長する事はできても、永遠に強くあり続けることは出来ないのだ。
巨大化しながら吹き荒れる嵐でもいつかは収束するように。
「えっ、じゃあ7日後にまた窒息攻撃を仕掛ければ効くんですか?」
チルティスが聞く。
「ああ。だが7日後まで待つか?
その頃にはもうエルベラは間違いなく廃墟になってるぞ」
僕が答える。
「あう、そーでした…」
そう…一見弱点のように思えるこのリセット条件だけど、
成長するアイロットと7日間も継続して戦える相手など存在しないのだ。
「そして!」
猫の眼をした魔女は、相変わらず歌うように踊るように、ミュージカルのごとく朗々と語り続ける。相方がいないので今は独唱という事になるが、かぶりを振ったその動きはやはりサマになる。
「問題なのは、ただでさえ厄介な“成長する鎧”が、
さらに影の性質まで帯びているってこと。
影…つまりは本体が別に存在していて、あの鎧自体に干渉しようとしても
影響を与える事ができない、という性質ね。
ただ成長するだけなら鎧が十分に育つ前に破壊してしまえばそれで良い。
弱点がなくても圧倒的なレベル差で、ダメージ量で、数値で押し切ってしまえば私達は勝てたはずなの。
だけどそれが出来ない。許されていない。
まるで迷路の創造主に「壁を壊すのは反則だからね」と釘を刺されたようだわ。やつを倒そうと思ったら、迷路の正しい解法を…
たったひとつの冴えたやり方を見つけ出すしかないの。
わかるかしら──知恵の輪を力ずくで破壊するような攻略法は、あの鎧には通じない、という事よ」
「だってよ。わかったか? 脳まで筋肉の貴様に言ってるんだぞ」
「なっ…ひ、ひとをバカにしてー!私に言ってるとは限らないじゃ」
「貴女に言っているのよ、チルティス」なんと魔女がびしっと花嫁を指差す。
「っ!?」
「ほらな」
「ぐ、ぐぬぬ…」
っていうかここまで先読みされたメッセージなのか。
ふふん、さすが姉、妹の思考回路はお見通しという事だな。
「だ、だって、知恵の輪って、
あの絡まった金属をまっすぐに伸ばすゲームですよねっ!?」
とか言い訳を始めたアホを置いておいて、僕は魔女に向き直る。
メッセージにはまだ続きがある。
「軍曹さんは“全局面・全環境適応型の進化する精霊を宿した精神感応金属の非実体サバイバルスーツが超一流の影を操る能力者によって存在ごと表裏反転した奇跡の矛盾概念兵器”がどうとか言ってたけどわたくしもうさっぱり判りません。名前長すぎよね。
でもまぁ、要するにほらアレよ、一度負けた相手にはもう負けないーみたいな、
根性論まるだしの主人公体質ってやつ?
誰でもキミみたいな英雄になれちゃうというミラクルな鎧なのよ。
その進化能力は防御だけじゃなく攻撃にも適応されるらしくて、たとえば単純バカな敵を目の前にすれば奇襲に向いた武器を今までの戦歴データから呼び出して影で作り出しちゃうらしいの。
いまの私みたいに、分身した敵をまとめて殺せる武器もそのうち作られる筈よ。
足止めできるのは良くてあと3時間。それ以上はどんなに
手を変え品を変え攻撃しても、全て攻略されつくすでしょう…
だから──だからジョウ君」
そこまで一気に喋りつくして、凛と真剣な眼をしたクラディールの分身は、ぎゅっと己の胸元で手を握る。
なんらかの覚悟を決めた女の顔だった。
いいね。
僕はそういう表情が好きなんだ。
「貴方がもし本当に故郷を捨ててエルベラを守ってくれるというなら、
いますぐそこから引き返して、老軍神ジーンに…
私達のおじいちゃんに会ってちょうだい!
放浪者の黒き鎧に勝てるのは──!」
*《領主の赤き鎧だけ――という事かのう?》
「──っ!?」「──!!」
突如、頭上から鼓膜を直に震わせる雷鳴のような合成音声が鳴り響いた。
僕たちは身構える。
べきべきべき、と木々をなぎ倒しながら現れたのは──
巨大なゴーレムの、その指先!
*機神エルベラ!
搭乗者は、その都市を比喩ではなく本当の意味で動かしている、
全身を赤き鎧に包んだ領主──老軍神ジーンだった!
「わーい、おじいちゃんが迎えにきてくれたー!」
などとチルティスが能天気に諸手をあげて喜んでいたがそれ所ではない!
砂の巨人は大地に膝をついて僕達のいる森林をうえから覗き込んでいる姿勢らしく、巨人がわずかに身じろぎするだけで地盤が割れたり揺れたり崩れたり、地震が連続して起こっているような大揺れが周辺一帯を襲っていた。
空は嵐の翌日のように雲が吹き飛ばされていた。本日は晴天なり。
緑の屋根を失った広場に灼熱の太陽が照りつけて陽炎までもが発生している。
さらに鹿だの熊だのといった野生動物が僕らがいるのも構わずにわらわらと広場を横切って逃げ出して、森はてんやわんやの大騒ぎだ。
地震と雷と火事と親父がいっぺんに来たような──とんでもない大惨事だった。
「こ、こらジーン!放浪者より先に貴様が自然を踏み荒らしてどうする!」
《かっかっか!だーいじょうぶ、ちゃんと直すよ。
それより婿殿に話があるんじゃ。
どら、とりあえずこっちに乗り移ってもらおうかの》
にゅう、と巨人が人差し指と中指をのばして先端を広場の地面に着陸させる。
ど…ぉ…お…ん…!と重々しい地響き。
僕らの靴が一瞬浮いたのではないかと思うほどの衝撃。
「うわおっ」「きゃあっ」「うなー」
そのまま巨人の指は広場の地面をいっぱいに使って、
まるで子供が砂に絵を描くように線を引き始めた。
(ま、魔術文字かっ!?)
僕が推測するまでもなく──文字は翡翠色の光を放って烈しく輝きだした。
ふわ、と本当に靴が浮いて──。
《おかえり、お前達》
ばくん!という音と共に、森林の広場は地面ごとまるく削られて、
一瞬でその場から消滅した。
当然、僕たちも。




