「響け!ウェディングマーチ」その7
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砂煙の街、どこまでもつづく石畳の坂道に沿って民家が建ち並ぶ、
活気溢れるストリート。
色とりどりの果物を売る露天商。行き交う馬車。
民族楽器の弦を爪弾く大道芸人。
ヤギかなにかを捌いている市場。
マジックアイテムの店。武器屋。冒険者の宿の看板。
砂風の吹く山脈の民ならではと言ったところか、
街の人間は皆マントを羽織っていた。
先を行く領主ジーンの馬は、石畳に蹄の音を響かせて
ゆっくりと闊歩しているだけなのに群集がひとりでに割れる。
皆明るい顔で手を振って領主の名を呼ぶ。人望があるのだろう。
「領主の館まではもうすぐじゃよ」
ジーンが言った。
騎乗した老軍神の背中には彼の孫娘がぴったりと抱きついていて、
頭のヴェールが馬のしっぽみたいに楽しげに揺れている。
(ちっ・・・気に喰わんな)
僕はと言うと、馬には乗せてもらえず徒歩で、
しかも四方を兵士にガードされ首筋には短刀があてられた状態だった。
ついでに手枷、腰縄、猿轡つき。捕虜のような扱いだ。
いや、僕の立場は実際に捕虜といっても良いだろう。
魔女は殺せず、エルベラ侵攻の意図は見抜かれ、人質作戦も頓挫した挙句に
敵の本拠地へ移送されているのだから。
「ほら見てジョージ様、パレードの準備をしてますよ!
わーっ綺麗ですねー!」
「むぐ」
「えへへ、今夜の大陸記念パーティが楽しみです」
「・・・・・・」
お前は僕のこの状況を見てもっと他に言うことは無いのか!?
・・・いや、一度助けたことでなんか味方っぽい雰囲気になってしまったが、
基本的にチルティスは敵なのだ。
僕が調査するべきエルベラ側の人間でありジーンの孫。
しかしそれを踏まえたうえでなお、あっさりと僕の背中を離れた彼女を見ると、
僕は正体不明の苛立ちを覚えるのだった。
それが恋のはじまりだとは、夢にも思わずに。
メインストリートを抜けると少し寂しげな野原に出て
そこで民家は途切れていた。
そこから先は領主の館への一本道しかない。
(まずい・・・そろそろ体力がもたなくなってきた・・・)
さっきまでのチルティスほどじゃないが、僕の身体だってボロボロで、
狂戦士の魔術によって無理やり意識を覚醒させてる状態なのだ。
あれから半日ほど経って、魔術も効力を失い、
いよいよダメージを誤魔化しきれなくなってきた。
増強された筋肉で埋めていた傷穴もふたたび口を開け、
鎧をつたわって隙間からこぼれた血がエルベラの土に染み込む。
息をするたびに骨が軋み破れた肺が痛んだ。
(くそッ、一気に汗が・・・そもそも僕は・・・虚弱体質なんだ・・・)
そして僕はとうとう鎧を操作することすらできなくなり、
大地に膝から崩れ落ちてしまう。
どさぁ、という重たい音にチルティスが振り向き
「ジョージ様!? どっ、どうしたんですか!」とか叫ぶ。
どうしたもこうしたも貴様の一撃で致命傷を負ったのだ、と言いたくても
口腔からはドス黒い血が流れるばかりだ。
「大変ですっ!おじいちゃん、ジョージ様が!」
なんじゃなんじゃ騒々しいのう、とか言いながらジーンが馬を止めて降り、
兵に囲まれた僕のそばまで歩いてくる。
膝をついてしゃがみ込む。
「ありゃりゃ、"ジョージ様"よひどく顔色が悪いぞ。
うちの孫にやられた傷が痛むのか?」
笑いながらわざとらしく顔を覗き込む。黙れクソじじい。
てめぇが僕にあんなバケモノみたいな孫をぶつけたんだろうが。
しかし睨み返す気力もない。
そんな僕を「無愛想な餓鬼じゃな」となんだか的外れな感じに評して・・・
老人は人差し指を僕のひたいに当てた。
(・・・?)
「"傷の存在を消す"」
指が、複雑怪奇な滑らかさで四方八方にずずぅっと動いたかと思うと
──痛みが、引いた。
後ろ手に手枷をされた状態なので確認はできないが、
身体はあきらかに軽くなっていた。
(・・・!?まただ、詠唱もなく傷を直した・・・この爺ぃも"魔法使い"なのか?)
しかし眼を見開いた僕の前でちっちっち、と指を振って
「その疑問には後で答えよう」とウインクをした。
「ほれ、もう立ち上がれるじゃろう。
領主の館はもう目の前じゃ、踏ん張れ男の子」
指で指し示す。
灼熱の風にゆらめく景色、そのむこう、遥か高くそびえる蜃気楼の塔があった。
正面には跳ね橋。白亜の壁にはツタ植物・・・棕櫚が巻きついていて、
ところどころに窓がある。
通風孔ではない。
要塞における監視用の穴、そして弓を射るための通し窓。
その全体像は・・・・・・一角獣の角のようだ。
「あれがエルベラの心臓!にして頭脳!
その名も"エンガッツィオ司令塔"じゃよ!
へへん、どーじゃ、ワシのうちは恰好よかろう?」
そういって勝ち誇るジーンはどことなく子供っぽくて、
僕は呆れながらも、
(やっぱりこいつはチルティスの祖父なのだな)などと思っていた。
実際このふたりは、敵か味方か・・・思わず分からなくなってしまう
捕らえ所のない雰囲気が、確かにそっくりなのだった。