「受け継げ!領主の赤き鎧」その16
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(唐突だけど──この分身の魔女、ユリティースには夢がある)
黒く残像をひく両手剣を鼻先かすめるほどのゼロ距離でかわしながら思う。
(この世の悪を殺し、気に入らんヤツをすべて排除して、
そうしてあたしが守った故郷エルベラで)
精霊を指先で操って大地を枯れさせる。しかし放浪者はまったくの無傷だ。
舌打ちひとつ。
不敵な笑みをひとつ。
踊るような足捌きでバックステップを踏み、
モスグリーンの靄を指揮する金魚柄の赤い着物の女。
そう、この分身の魔女、ユリティースには夢があった。
(丘のうえの白い家で、やさしい旦那様と──犬を飼って──暮らすんだぜ!)
極道女ユリティースの夢。
およめさん。
なんとも可愛らしい希望だった。
本人がショタであり、百合であり、殺し屋であることに目を瞑れば…であるが。
奇妙な性癖とどう折り合いをつけるのか。
半身であるクラディールとの関係はどうなるのか。
そうしたことは単純なユリティースの頭には無い。
いつかなんとかなるんじゃねーの、くらいに考えている。
「だからよぉ──てめーなんかに故郷を蹂躙されるわけには──
いっかねぇえええんーーーだよ!!!!!!」
放浪者から直接は吸い取れずとも、周辺の大地や風を薙ぎ倒すようにして吸い尽くしてきたマナが、いま魔女の体に還ってきていた。それを右手の楽器から爆発させる!
弦の振動が生み出す破壊を伴った電撃の残響!
同心円を描いて大地を奔る歪曲!
矢のように降り注ぐ連弾!
青い稲妻からオレンジの極光へ、果てしなく出力を上げる変調!
腕で抱えられぬほどに太い落雷の柱──炸裂!
無人の荒野はいまや魔女のライブ会場で、閃光、騒音、いずれも目を開けていられぬボルテージで満ちていた。ぱちぱちと空気さえ弾ける。
電撃の魔道具[[魔剣リッケンバッカー]]を掻き鳴らす烈火のごとき魔女の昂ぶりは、激しさは、放浪者をして驚かせるものがあった。
冷静である方が勝つ、なんて決闘のお約束など最初から放棄しているようだ。
★★★
「おお!いい火力ッスねぇ! 会議室での一戦では辛うじて制圧できたけど、あれはそのままの実力差ではなく、魔女さん達があの狭い会議室で全力を出せなかったと見るべきか…。
ふうむ、ジョウ君もそれを判っていたのかな」
鬼軍曹殿は岩場の陰からひょこっと顔を出して解説を始めていた。
ちゃっかり避難したうえでこの傍観……。
実力に見合わない、根っからの下っ端根性の持ち主だった。
そのうち「~でゲス!」とか言い出しかねない。
「そうよ、だからあまり調子に乗らないで欲しいわ」
「おおう!?びっくりした!」
何時の間にか彼の横には修道女スタイルのクラディールがちょこんと肩を並べてしゃがみこんでいた。鬼軍曹殿はかなりの長身であるため、そうしていると鬼軍曹殿の肘の辺りに彼女の頭が来ることになる。隣にいても視界に入らなかったのだ。
「い、いたんスか。魔女の長女さん…って、あれ? 今はおひとりッスか?」
「片割れとはユニット解消したわ……嘘だけど。単に【分身】してるだけよ」
ややツンツンした態度で答える青い衣の白髪メガネ。
一瞬惚れかけたことを悟られたくないのだろう。
「はぁー、分身ッスか。そういやその魔法を見るのも初めてっス」
「ね。あんたもう放浪者の特性はわかってる訳?」
鬼軍曹殿の世間話をまるで無視して問うクラディール。
ちいさな伊達眼鏡が好奇心でするどく光る。
「《枯葉落ちる季節》があそこまで効かないとなると、あの鎧は完全に密封されてると見るべきよね。でもあんたの話を聞くとそうじゃない。最初は窒息攻撃が効くくらいの隙はあったんでしょ?外気の供給を行っていたんでしょ?
ところがいまは──あの通り」
ボンテージの指で指し示す先には、吸血霧のなかで平然と稲妻を避ける放浪者。
「…ッスねぇ」
「すねーじゃないでしょ!もう!あの謎が解けなきゃ私達もピンチなのよ?」
魔女は肘で鬼軍曹殿のわき腹を突付いた。
けほと咳き込みながら、鬼軍曹殿は苦笑しつつ答える。
「じゃあ、魔女さんはどう思うッスか?」
突然問われてクラディール、顔を赤くする。
無責任に他人を煽っておいて自分もまだ答えに至っていない……という事実は分析術をもつ彼女のプライドをいたく傷つけているようだった。しゃがみこんだままぎゅっと膝に顔を埋めてしまう。
「う…わ、判らないわよ。判るわけないじゃない!
無敵の敵に唯一効いた弱点が、急になんの前触れもなく効かなくなるなんて!
あんなの、“鎧自体が突然進化した”とでも考えなきゃ説明がつかないわ」
“判らない”と口に出すのは彼女にとって最悪の屈辱。
きゅっと歯噛みする。手が震える。彼女の分身が時間を稼いでくれているのに。
自分が分析の役目を果たさなきゃいけないのに。
“判りません”なんて安易に白旗を揚げてしまえばこの敵には決して勝てない。
勝てなきゃ、街を守れない──。
不覚にも泣きそうになってしまった彼女の頭を、
ごつい大人の手がわしゃわしゃと掻き回した。
「…にゃっ!?」
「はっはー!なーにをしょぼくれてるッスか」
*わしわしわしわし! くしゃくしゃくしゃ! なでー! なでー!
「きゃー!きゃー!きゃー!」
いい子いい子をするように、思いっきり容赦なく撫でる手。
“なでなで”という単語では形容できない。
それはまさに鬼のような猫っ可愛がりであった。
「ば、ばかー!何すんの急に!」「正解のご褒美」「…って、え?」
「君は優秀な生徒ッス。
『鎧自体が環境に適応した』――それで正解なんッスよ」
★★★
《ととっ…すごい猛攻撃。おれ津波に逆らって散歩したことあるけど、
それ以上の抑止力だよ》
放浪者は――ダメージを受けることはなかったが、その足取りは確実に遅くなっていた。魔女の猛攻は災害の歩みを押し返し、徐々に進路をずらし、時には一歩を退かせることもあった。
彼にとってそれは敗北と言っていいだろう。
傷よりも痛みよりも、目的地までの距離を損なわされる方が、
放浪者にとっては大問題なのだ。
「おらぁ!」
魔女から稲妻が放出され、それを受け止めた拍子に、ずりっ…とまた彼の足が後退し、地面を削った。
《うーん…今日中にエルベラに到着けるかなぁ…
無視していくのは無理かもな。やっぱり排除しなきゃ駄目かぁ》
それには、この剣じゃ力不足だ、と呟いて。
ふぉう、と両手剣を満月のように円状に振るった。残像がたなびく。
黒い月はそのまま──巨大な円月輪になった。
極道女の目が輝く。
「おっ…!? なにそれ、か、格好いいじゃねーか!」
《風車って言う有名な剣の影真似。すごいでしょー》
「くっ…悔しいが格好いいっ…! てめーコラあたしにも触らせろっ!」
《へへ、だーめだよー。欲しかったら奪ってみろー》
両者ともに小学生男子のような精神性であった。
実質3歳のアイロットと今年23歳になるユリティース。
20も離れた二人を同列に比較することは出来ないだろうけど……。
《てやっ!》
*パパウッ!
ぎゃるぎゃるるるるっ!
奇妙な風斬り音を立てて風車が投擲された。
分厚く重い鉄の塊を軽々と投げる放浪者。
考えて見れば彼の膂力もまた異常だ。
鎧の魔術的補佐があるにしても、
あんなに重そうな剣を軽々と振るえるものだろうか──?
「へっ、ンなこたぁどーでもいいか!考えるのはクラディールの役目だしな!」
魔女はふんと鼻を鳴らしてかすかに膝を曲げ、宙返り(ムーンサルト)で避けようという構えだ。アッパースイング気味に放たれたそれが彼女の白い喉を切り裂こうとした瞬間、同時に跳ねる!
完全に避けた!──はずだったが、絹が裂ける音。
《あちゃ、惜っしいなー。殺ったのは皮一枚だけかぁ》
たん、たんっ!と数度のバック転を決めて魔女が顔をあげた時、
風車は彼女の着物だけを切り裂いて遥か彼方。
金魚柄の衣装は袈裟懸けにぱっくりと裂け、片袖は完全に剥がれて遠くに。そして、荒野の風に、ユリティースの肩から右乳房にかけての汗ばんだ肌が露になっていた。
「くぅっ……」
やぶれた着物の袂から、白くつんと上を向いた胸がこぼれてしまう。
荒野の風が直接肌を冷やすので敏感になっている。
ふるっ、と、そのつもりもないのにそれは微かに震えた。
頬が赤くなる。
普段はサラシを巻いている箇所だ。
ユリティース自身はそこを隠すものでも減るものでも無いと思っているが、左半身の彼女 (巨乳) と比べられると腹が立つので、普段はなんとなく無意識に防御しているのだった。
「…やろう。面白ぇことしてくれるじゃねーか」
彼女はむしろムキになって、隠しもせずに堂々と腰に手をあてた。
仁王立ちである。
「熱く火照った体がちょーどよく冷えたはいいが…
てめーなぁ、こっちが脱いだらそっちも脱ぐのが礼儀ってモンだろーが!
タダ見しやがって!鎧をぬげー卑怯者めー!」
びし!と裸の片腕を上げて指差すがそんな礼儀はない。
どこの変態に教えられた知識なのだろうか。
単純極まりない極道女は案外騙されやすいのだ。
そして──騙されやすいと言う事は、奇襲を喰らいやすいと言う事でもある。
「たとえ3歳だろーが男は紳士じゃなきゃいけないぜ!
よし、フリアグネと暑さ我慢大会をした時の話をてめーに聞かせてやる!
それは真昼の領主館の中庭で服をめいっぱい着こんで焚き火にあたるという壮絶な勝負で、あたしは開始早々に気絶寸前になっちまってた!
ところが!ヤツはなんと!
【ハンデをあげよう、君だけ上半身裸になっていいよ】と優しく微笑んでっ…」
《それはたぶん優しさじゃないと思うけど…》
胸を丸出しにしたまま、笑顔で、意気揚々と馬鹿な話をし始めた魔女に
しかし放浪者は取り合わず、途中で遮って言う。
《…それよりもほら、後ろを御覧よ。あぶないよ?》
「ああん?」
ユリティースの背後──そこには、荒野の空を切り裂きながら、ぎゃるぎゃると回転を強めて戻ってくる風車!
「っ…!」
驚愕とともに咄嗟に振り向いて、
しかし彼女もさるもの、しっかりと身体は反応していた。
「おらぁーーーーーーーっ!」
マナの力を込めたハイヒールの踵落としで、
その飛び道具の側面を踏み込むようにして迎撃する!
『刃物を蹴りで落とす』などという発想は一歩間違えば派手に被弾する自爆戦術でもあったが、彼女は自分が肉弾戦においてはチルティスに次いで最強格のキャラクターだと自負していた!
失敗した時のことなど考えない踏ん切りの良さを持っていた!
躊躇はしない。迷いはしない。だから決して遅れも取らない。
その迎撃も、結果的には成功した──
超重量の両手剣を、みごとに空中で砕き散らした!
*ぱきぃいん!
が!
蹴り砕いたはずのその剣。
ユリティースの一撃で真っ二つになって飛んでいった片割れを、いつしか迫っていた放浪者がキャッチする。
気付いたときにはもう遅かった。
放浪者の両の腕に掲げられているそれは、剣幅が等分された片刃の剣!
「──!?」
《はい、残念でしたー》
残像のようにたなびく影。まるで重さが無いかのように振るわれる二閃。
一瞬の驚愕が、彼女から回避する時間を奪ってしまった!
瞬きにも足らぬ間に、ユリティースは必死で身を捩るが、しかし――!
渓谷の魔女はみな肉弾戦もこなせるが、それでもやはり基礎は魔法使い。
体力は並だし防具の類も着けていない。
全身鎧のジョウや老軍神とは違い、たった一撃が命取りとなる──!
風切り音が耳に届き――
刹那、ユリティースの身体が縦に裂けた。
「――っがああああああああああああああああっ!」
がくりと膝から崩れる。鮮血が噴水の如くほとばしり虹を作る。
痛みは後からやってきた。
へそから喉まで達するほどの縦の傷。
それに交差するように乳房の下に走る横の傷が綺麗な十字架をかたどっている。
手で胸を押さえるがどうしようもない。心臓がどくんどくんと動くたび、傷から新鮮な真っ赤な血が断続的に吹き出している。
肌を流れる紅は、まるで薔薇のウエディングドレスだ……。
「んぅっ…ガハッ。はぁ、は…てめー…なんだその武器、汚ぇぞ…」
口に溜まった血を吐き捨てた、乾いた大地に血の花がびちゃっと花開く。
《へへ、奇襲に弱いそっちが悪いんだもんねー。
人生経験はあんたの方が上かもだけど戦闘経験はおれの勝ちだね。
ま、なかなか楽しかったよ──》
そう言って放浪者は双剣の柄同士を、がきん、と合わせる。
それは一本の剣になる。
元々がそういうデザインだったのだ。
名剣ムーラン・ナ・ヴァンの影真似は、
放浪者の黒き鎧の掌に溶け込むようにして、消えた。
《ふぇー…それにしても疲れた……。今日も色んな所を渡ったもんだ。
荒野、溶岩の沼、稲妻の嵐の中――か。
戦闘ばっかであまりエルベラに近づけてないよ…はーぁ、面倒臭い…。
あのさ、言っとくけど……黄色い髪の人の銃弾も窒息攻撃も、あんたの広域魔術も、もう二度と効かないからね。
だから復讐とか再挑戦とか、してくんなよ?》
言い捨てると、鎧の主はこきこきと首を鳴らして、また歩みを再開する。
偶然か否か、痙攣しつつ苦痛にあえぐ魔女は、
その道を塞ぐようにして仰向けに倒れているが…
彼は気にも留めない。
「く…そ…っ、ま…ちやが…」
《邪魔》
ゆっくりと足を振り上げて――ぐしゃりと踏み潰した。
倒れ伏す魔女のむきだしの胸を、心臓を。
鬼軍曹殿が最初に接敵してから、放浪者が進攻した距離は230mほど。
現在時刻は朝の9:12。
機神都市エルベラまで、直線にして残り67km地点。
すべての障害を排除して、放浪者アロウ・アイロットの観光の旅は続く。
そろそろ荒野の終わりが近付いてきて、麗しきルルイエ大湖畔へと繋がる
グリーンメイプルの並木道が見えてもいい頃だ。
楽しみだなぁ──と。
そんな風に、のどかな調子でアイロットは思った。




