「受け継げ!領主の赤き鎧」その12
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「こ、これはマズいッス──裏切りとかなんとか言う前に、
このエルベラそのものが消えてなくなるッスよ!」
鬼軍曹殿は言うが早いか、その肩にかけた白い軍服を翻してドアから飛び出していく。皆も戸惑いながらそれに続いた。
僕が扉の外に出た頃にはすでに鬼軍曹殿は二階の吹き抜けから飛び降りている所でひょいと気軽に手すりに片手をついて飛び越え4mはあろう距離を自然落下、すたん!と大広間の絨毯に着地したかと思うともう玄関へと駆け出している。
「会議は中断! エルベラ側もラグネロ側も一時休戦して、
戦闘できる者は総員、現場へ駆け足ッス~!」
「ふふん、さすがに行動が早い──!味方にすると頼もしいなこの人は」
「ちっ、格好つけやがって」「普通に階段で下りなさいよ」
ユリティースとクラディールが毒づいた。
言いながらも彼女らもまた階段は使わず、廻り廊下の窓を開け放って
そこから箒に乗って飛翔する。
いつも以上のハイスピードで大空の彼方に消えゆく。
渓谷の魔女としては何としても真っ先に現場に駆けつけたいのだろう。
「よしっ、僕らもいくぞ! 大鷲に変身しろチルティス!」
「あいあいさー!」
と、ふたりで窓に駆け寄ろうとしたところで、
何かがツンと僕のマントの裾を引く。うん?
「……っ」
氷の機界竜ペイリュシュトンの翼を装着したミコトだ。
僕のマントから慌てて指を引っ込め、しまったという様子で顔を赤らめている。
「あの、その、べべ、別に何でもないですわ!
ごめんなさい、忘れてくださいですの」
「はぁ?」
「そっか…魔女さんの大鷲ね…それがありましたわ…」
後ろを向いてぶつぶつと呟くミコト。
その背に、遅れて会議室を出たベルディッカが
だきっ!と効果音つきで抱きついた。というか、飛び乗った。
「ふふー、ミコトさーん、
お兄ちゃんをその翼で一緒に連れてってあげるつもりだったんでしょー」
「うにゅっ…!?」 頬をぷにぷにと引っ張られて眼を白黒。
「一足遅かったねっ☆」
「~~っ!!!」
腕も胸もすらりとして凹凸がなく、折れそうに細い武器職人のベルディッカと、
幼児体系であちこちがぷにぷにしているお嬢様のミコト。
同い年くらいの少女2人が子猫のようにじゃれあう。
「ふ、ふんっ!
移動手段が無い誰かさんを哀れんで乗せてあげようとしただけです!
勘違いしないで欲しいですわ!
べ、べつにジョウのことなんて好きなんかじゃないんですからねっ」
……後の世で《ツンデレ》と呼ばれるキャラクター類型のテンプレートみたいな台詞を残し、肩を怒らせて、面白いほど顔を真っ赤にしたミコトはそのままベルディッカを乗せて空に飛び立ってしまった。
後に残された僕らは顔を見合わせる。
「…何でしょうね?」
「何なんだろうな」
──兎にも角にも、
非戦闘員を除いた五機の戦力がエルベラ領主館から緊急発進した。
三人の魔女と、召喚兵器と、鬼軍曹殿。
僕はまだ戦力には数えられないだろう…それが悔しくないと言えば嘘になる。
機神都市エルベラの遥か東。
その無人の荒野を──絶え間なく吹く砂嵐を意にも介さず、
放浪者アロウ・アイロットは歩いていた。
普通の旅人なら歩いて3日、という地点。
しかし放浪者が歩いてるコースは、
通常エルベラを訪れる冒険者や商人が使う街道では無かった。
ルルイエ大湖畔のほとりのぐねぐねと曲がる蛇のごとき散歩道でなく。
ミコトが使った、シュバルツ大森林の鬱蒼とした獣道でなく。
僕が使った、ジュレール大渓谷のつづら折り、長い灼熱の登山道でもなく。
それは――
地図上に定規で線を引いたような、あまりにも単純明快すぎる直進ルート。
──ただ一直線に。
*べきべきべきっ
──ひたすらまっすぐに。
*ぼちゃん。ざぶざぶ…。ゴボゴボ……。
──潅木や泉、全ての敵を無理やりに突破して。蹂躙して。
ぐるるるるるる…(訳:ようこそ、ここは僕たち脳咬み狼の巣だよ!)
へっへっへっ(訳:運が悪かったね!)
ばぁうっ!!(訳:ゆっくり食べられてってね!)
*しゃきん。
…あう?(訳:あれ?みんな大丈夫?首と胴体がサヨナラしてるよ?)
…あ!(訳:って、ぼくもかー)
*どさり。
立ちはだかる障害をすべてクリアしながら、脇目もふらず、一途に、どこまでもマイペースに、影のように黒き《彷徨う鎧》はその歩みを進める。
彼こそが、人間でありながら大陸教会から災害指定されてしまった脅威の人間災害――放浪者アロウ・アイロットであった。
《……》
2mを超す長身。
全身鎧。
手には何も携えてはいない。
頭部は完全に覆われた鉄仮面。
背中に、デザインと一体化した大盾。
両手の対甲鉄拳はリングを幾重にも重ねた形の武装で。
脚部の膝には杭打ち機と巻き上げ機が装填されている。
しかしそうした機工的な装備よりもむしろ目立つのは、その質感だった。
天鵞絨に似た奇妙な質感を持ち、輪郭が揺らいで不確定な黒き鎧。
彼が歩く度に残像が後を引くような──
例えるなら蜃気楼かオーロラか──いや、影か。
意匠は英雄が着る豪華な聖騎士の鎧の其れだが、
異形極まりないその質感が際立って「聖なるもの」という感じがしない。
呪われたアイテムと言われたほうがまだしも説得力があった。
影めいたその鎧でもちゃんと超重量ではあるらしく、エルベラとはまた違うスケールの巨体である彼が足を持ち上げ、大地に踏み降ろすと、ずずん…という地響きと砂煙、そして未知の生物さながらの大きな足跡が残った。
彼の道行きにある些細な障害──
たとえば子供の拳ほどの石――などは全て踏み砕かれて灰燼と帰していった。
もし、それが実際に子供のてのひらであったとしても、
彼は歩みを止めるだろうか……?
「止まらないッスよねぇ──災害を止める手段などこの世に存在しない」
そのエルベラから遥かに離れた東の果て、
無人の荒野に最初に辿り着いたのは、誰であろう、
――かの鬼軍曹殿だった。
青空の上から、夏の雲のように放浪者のいるあたりに影を落とす。
途中で鹵獲したのか、鬼軍曹殿はすでに魔獣に騎乗した状態である。
「へへ、それでもあえて聞くッスけれど…進路を変えては貰えませんかね?」
微笑みを絶やさない柔和な彼の瞳と、
冷たい爬虫類の瞳とが、
黒き鎧の主を捕捉していた。
その魔獣の名は[[ナパーム]]。
まだ子供の個体ではあるけれど、放浪者にも負けない“災害”の象徴だった。
この子の掌ならば、いくらアイロットであろうと無造作に踏んで通れない。
それは虎の尾を踏むより洒落にならない。
鬼軍曹殿は、茨のごときヴィジョンを伴いエネルギーを放つ秘の手綱でもって、その幼き魔獣を掌握していた。
きゅろろ……と唸りつつ、ベイビィフェイスな彼(彼女?)は、
子供らしい残酷さと、銃口にも似た凶悪さと、
災害の名に相応しい破壊への衝動をもって、攻撃の合図を待ち望んでいる。
「こらこら、オイラが良しと言うまでは大人しくしてるんだよ」
《……》
「アイロットさん。あと三秒以内に返答を要求します。
この子もどうやら待ちきれないようッスからね──」
《…えー》
初めて鎧が口を聞いた。
《なんだよー邪魔するのか? へんな黄色い髪のひと。
やめてよー、おれエルベラ銘菓のジェラートを食べにきただけだよー》
「…っ、じぇ、ジェラート……!?」
《うん、現地の薬菜飯店のをね!
それもちゃんと作りたてがいい。
配達もお持ち帰りも気に食わない。
だからこうして直接食べにきたんだ。
なに、めーわくはかけないよ……。
あんたみたいに邪魔する人さえいなけりゃ、
――街がちょっと全壊する程度で済むから、さ》
世界をかたっぱしから破壊しながら放浪する
三奇人がひとり、アロウ・アイロット。
その主な目的は──観光である。




