「受け継げ!領主の赤き鎧」その10
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「以上が──昨日の夜にあった事です。鬼軍曹殿」
朝の陽光も届かない霊廟のような雰囲気の会議室に、しんとした静寂が戻った。
長い長い回想が未だに木霊していた。
全て語り終えただろう。
僕が隠していたことも。
これからどうしたいかも。
エルベラの人間は僕が本当にスパイだという事実に戸惑いを隠せない様子で。
ラグネロの人間は僕が故郷を──父親を裏切る意思を固めた事に驚愕していて。
ジーンは…。
珍しく引き締まった面持ちで、領主らしい厳粛な態度を見せている。
笑っていたのは鬼軍曹殿くらいだろう。
柔らかな栗毛。眩しげな瞳。絶え間ない微笑み。
エリート将校の白い軍服を肩に羽織り、
あいかわらず優雅に椅子の上で足を組んで。
頬杖をして、僕の報告をさも愉快そうに聞き流していた。
(処刑した筈の僕の蘇生も、裏切りも、宣戦布告も、お構いなしか──)
やれやれ。
裏切り甲斐のない人だ。
こっちも苦笑するしかないな。
僕は報告を終えると、そのまま着席もせず、まっすぐに凛と、
鬼軍曹ルドルフ・イージューライダーの方へ向き合う。
「以上の報告を以って――
ジョウは蒸気都市ラグネロの軍部から脱走致します。
以後の身の振り方はまだ決まっていませんが、民が許せばこのまま機神都市エルベラと共闘し、我が父、最終皇帝ジャンクヤード・JJ・ジスガルド13世を討つことになるでしょう」
淡々と喋る。言葉だけが今の僕に残された武器だ。
「あの王様に──ほとんどのスキルを失った君が勝てると思っているッスか?」
鬼軍曹殿は嘆息して背もたれに身を預け、傾げた顔で面白がるようにこちらを覗き込んで、言う。
「鉄の大陸クレッセンの大陸王であり、
あの動乱の地の覇者であり、そして支配と裏切りの帝王と呼ばれた男ッスよ…。
今の君と同じくらいの年齢で
すでに4桁に近い人間を処刑/謀殺/虐殺してきた神童で。
今のオイラと同じくらいの年齢で
すでに軍の最高位──総司令官の立場に就任し!
今は不惑に近い年齢で
既にひとつの大陸を手中に収めている絶対王者ッス!」
まるで自分で考えた怪獣の強さを自慢している子供のように、それはそれは楽しそうに、鬼軍曹殿はテーブルの上の(戦略会議に使うものだろう)人間を模した駒を次々と指で弾いて、一切合財を盤上から取り除いた。
《魔女》の駒も、《巨人》の駒も、《老軍神》の駒も、
まるで問題にならないとあざ笑うように。
「お、おいこら!」
「もう、調子にのって──」
と魔女の長女が慌てたが、僕は冷静にそれを手で制す。
焦るな。
今は好きにさせておけ…当方に迎撃の用意あり、だ。
ルドルフ軍曹はついに盤上の駒をすべて床に撒き散らすと、だん!とテーブルに手を突いた。
「あれは強いッスよー、人間・魔獣やその他もろもろあわせても、
オイラが見た中で五指に入る強さだ!
冒険者レベルにして340!
戦歴3500勝ゼロ敗!
彼の一声で陸・海・空の全部隊が動き、
18200体のゴーレムが起動し、
惑星破壊爆弾の発動許可さえ下りてしまう!
まさに鉄の大陸クレッセンそのものの様な戦争の申し子!
くぅっ格好いいっ、そこに痺れる憧れるゥ!ってなモンッスねぇ!
へっ…さて、もう一度聞くッスよ。
こと戦闘という分野に限れば世界最強と目される君の親父殿に、
君なんかが戦争をしかけて──
本当に本当に本当ぉぉおおうに、勝てると、思っているんスか?」
僕はあくまでも淡々と答える。
「勝てます。味方がいれば」
へっ──と眼を細める鬼軍曹殿。
「おやおや、一体どんな味方がいれば、
クレッセンの大陸王より強い軍が造れるんスかねぇ。
そんな方法があれば教えて欲しいッスよ。
へへ、あれより強い主が居るんならオイラはいつでも──」
「あなたに僕の味方になって欲しいんですよ、鬼軍曹殿」
「…へ?」
それは僕がこの会議において起こそうとしている、あるひとつの奇跡。
体が軋んで剣もろくに振るえない。
十八番の鉄魔術も使えない。
機神エルベラにも搭乗できない。
おまけに──誰にも勝利することが出来ない。
冒険者レベルにして0.25相当。
そのへんの田舎の村の子供にも負けるような虚弱を極めたこの僕の、
必殺の戦略だった。
この僕、ジョウ・ジスガルドは──無邪気に、にっこりと笑う。
「僕のために故郷を裏切ってください」
我ながら傑作の笑顔だった。
何が起こったか判らないといった風にぽかんと口をあけた、
鬼軍曹殿の表情もまた…傑作だったが。




