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機神エルベラ  作者: 楽音寺
第五章 受け継げ!領主の赤き鎧
60/71

「受け継げ!領主の赤き鎧」その9

★★★

この世で最も恐ろしい災害は、(すなわ)ち人災である。

    ──大陸教会 人間災害対策本部のスローガン

★★★



-9-



「裏切り者の戦犯ジョウ・ジスガルドの処刑は昨夜、執行されたッス」


(──!?)

(…っ!)

(????)

(……。)

鬼軍曹殿の言葉に戦慄する会議室の面々。

昨夜の事情を知っている数名(チルティス、ベルディッカ、ジーン、ミコト)

以外には、この訃報(ふほう)は寝耳に水といった所だろう。


その衝撃にも構わず、鬼軍曹殿は平然と続ける。


「よって、以後はオイラがエルベラ進攻作戦の陣頭指揮(じんとうしき)をとるッスよ。

破壊工作員ジェノバ、傷痍(しょうい)軍人カーズ、召喚兵器ミコトの三名、

覚悟はいいッスか?


まーたとえ不服であろうとも貴様らに拒否権などは無いッスけどね。

さて。それでは各自、この街をいかにして乗っ取るかの戦略立案を──」



「…おいこら、頭イカレてんのか?」


──と、この傍若無人な軍法会議にさっそく突っ込みを入れたのは、

機神都市エルベラのふたりの魔女。

華麗なる暴虐の女王、極道女と修道女、ユリティースとクラディール。


「…何ぺらぺらと戯言(ざれごと)をぬかしてやがる!

ここはエルベラの腹ン中だぜ、てめーらにとっては敵地だろうがァ!」


「敵国の将が、よりによって渓谷の魔女(あたしたち)を前にしてのんびりと作戦会議ィ?

はっ、舐められたもんだわ!」


半分の魔女の(みぎ)(ひだり)が、

(にら)むだけで牛も卒倒(そっとう)しかねない猛烈な殺気を放って立ち上がった。

ボンデージの手袋にきゅっと握られた(ほうき)が──


*ずきゅん!


分厚い金属のドアに発砲したような音とともに、電撃を(まと)った楽器にかわる。


出た!過去の戦いで古戦場跡を焦土にしたツインネックのエレキギターである。



「だいたい、てめーの台詞はさっきから聞き捨てならねー事ばかりだなぁ!

ジョウが機神エルベラを侵略するために来たスパイ!?

しかもあたし達と仲良くなった所為で故郷を裏切って処刑されただと!?

っざけんなよ! あたしはまだあの子に、

なんにも姉らしい事をしてやってねーんだぞっ…!!!」


*ばりばりばり!


青い稲妻が魔女の怒りのボルテージを表すように放射状に広がり、狭い会議室の壁や天井を焼いた。積み上げられた資料に火がつき、燃え上がった紙が蝶のように空中を舞う。


お義母(ジェノバ)さん! あんたも何とか言えよ、息子が殺されたんだぞ!?

こんな糞の言いなりになってる場合じゃねーよ!」


「……っ」


息を呑むジェノバ。青ざめている。傀儡の母には酷な言葉だ。

蒸気都市ラグネロの国民に掛けられた絶対階級制度(のろい)の強さは、他国の者にはなかなか判らないだろう。



魔女の片割れ、修道女クラディールも、

シスター服のスカートを乱しながら激しくかぶりを振って煽動(せんどう)する。


「皆も立ち上がりなさい! まずはこいつを叩きのめして、それからジョウの死が真実(ほんとう)かどうか、じっくりたっぷりねちっこく魔女裁判にかけて、その体から直接聞き出すわよ!」


恐ろしい事を言う。修道女スタイルが世界一似合わないこの腹黒女の怒りが透けて見えるようだった。



そんな長女の激怒に呼応して、僕の生死を知っている魔女の次女と末っ子までもが会議潰しに参戦した。


花嫁衣裳のチルティスは、肉弾戦の魔女らしく、

「えへへ、昨日の事を知ったら皆さんきっと驚くでしょうね」

とあどけない笑顔で殺人ハンマーを振り上げて。


昨夜のドタバタで少し眠そうな顔のベルディッカも、

「しー、ちぃ姉ちゃんそれはまだ内緒っ」

と両手に大振りのナイフを二本を構える。

彼女の背後には同じ装備をした“影”。


それぞれにそれぞれの得物を手に、会議室の上座に座るルドルフ軍曹を囲む。

魔女の三姉妹は絶対包囲を完成させていた。



──『飛んで火にいる夏の虫』。


この場合、それは(バタフライ)でも(モス)でも蜻蛉(イファメラ)でもない。


火がついて舞い上がる紙の比喩でも、当然ない!


エルベラの守護者たる魔女の三姉妹を、

愚かにも挑発してしまった鬼軍曹殿を指す言葉だ──!




つばの広い帽子を被りなおし、髪をかきあげ、

楽器から青白い稲妻をぱりぱりと放つユリティース。

ぎゃぁあぁぁあん!と黄金色の弦を掻き鳴らすクラディール。


魔女は声を揃えて叫ぶ。


「「立てよ優男(シュガーボーイ)、てめーは極楽逝(あのよい)き決定だ!

甘く! 優しく! 気持ちよく!

1070回 昇天(ブッコロ)してやるぜ!!!」」




──しかし。


それでも余裕を崩さない鬼軍曹殿は、

あくまで面倒臭そうに彼女たちを見回し──


「誰ひとりとして好みじゃないッスねぇ」と(あざけ)るように笑った。


「オイラは自分より強い存在に平伏(ひれふ)すのが大好きでね。

女も、とても乗りこなせないようなじゃじゃ馬が好きなんッスよ。

悪いけど君達程度じゃ、とても尻に敷かれてやる気にならない──」



「てめーの好みなんざ知らねーよっ!」


飛びかかる魔女を。


なんと──鬼軍曹殿は椅子に座ったままの姿勢でジャンプしてかわす!

頬杖も組んだ足もそのままに、足裏のプッシュだけで奇術師のように宙に浮く!


無拍子(ワン・インチ・パンチ)と同じ理屈で、予備動作なしに全身の筋肉を爆発させたのだ!

傍目には判らないが、全身を鋼のように鍛え上げたエリート軍人だからこそ可能な挙動である!


そのまま優雅に体勢を変え、魔女の背中に、ずん!と馬乗りに着地。

屈辱を強いるようなポーズだ。

「ほら、簡単に乗りこなせた。つまらないッスねぇ」



「な、なにっ!?」

と極道の魔女が慌てるも、その左半身たる修道女の魔女は居たって冷静に、


「気持ち悪い動きしてんじゃないわよっ」

と強引に体をひねり、背中側に腕を伸ばして白い軍服の胸倉を掴む。


(えり)を取った!


人体力学に詳しい者なら、この逆マウントポジションと言うべき絶対不利な状況

からでも、()(とう)(きょく)すべての手を打って逆転する事ができる──!

ましてや分析術に長けた《壊し屋》と殺人術に長けた《殺し屋》のコンビである!


そのまま肘で心臓に当身を食らわせ、一瞬動きが止まった所で筋力まかせに引きずり降ろせば、あとは逆サイドの手に握られた稲妻の魔道具で焼き尽くしてしまえる!


「がっ…!」「くぅっ!?」

しかし、魔女たちの反撃はそこまでだった。



理由は判るまい。

その時、鬼軍曹殿の手には、[[秘()手綱(たづな)]]と呼ばれる

透明なイバラが握られていたのだ。


革のベルトくらいの厚みを持った、

伸縮性と操作性と頑強さを併せ持つ見えない手綱。


それが魔女達の首筋に巻きついて、魂やマナと溶け合って体の一部のように一体化してしまっている。



「か…体が動かないっ!?」


そう、これが彼の出世の秘密である。

華々しき戦歴の理由!

彼だけの超常兵器(ちょうじょうへいき)


彼が生まれつき持ったその特殊な異能力については

ラグネロ上層部すら分類できず、

(魔術?科学?偶然?技術?催眠?暗示?運?真っ赤な嘘?──)

ミコトの召喚能力と同じように、

ただ「超常兵器」と呼ぶことしか出来なかったのだ。



それはどんなゴーレムをも乗りこなす操縦桿(インターフェイス)である。

どんな生命をも操る騎柄帯(きへいたい)である。

どんな武器でも即座に使いこなす空前絶後の才能(タレント)の象徴である。


彼と戦場を共にした者なら何度も目にした事だろう──


現地調達した野生の馬で空を飛翔する軍神のごとき彼の雄姿を。


敵基地から鹵獲(ろかく)したドラゴンを一瞬で味方にした奇跡を。


眼前を埋め尽くす敵を、新開発のゴーレムで蹴散らしたあの伝説を!




鬼軍曹殿はふたりの魔女に馬乗りの姿勢のまま、御者(ぎょしゃ)のように手綱を握る。


「君達みたいな異形(バケモノ)がオイラを《気持ち悪い》なんてね。

へへ、笑ってしまうッス」


「ぐ…っは、はははは!じゃあ多数決で決めてみるか?

どっちが気持ち悪ぃ存在かをよ」


「…そ、そうそうっ、分身したあたし達1070人の魔女が

全員一致であんたを否定してあげるわ」


「うん、減らず口は上手だね」

そういう所はなかなか可愛いッスよ──と手綱を振り上げると、

魔女の手が勝手に動いて持ち上がる。


「…!」「っ…」

その手には超高圧のマナで帯電した楽器。

楽器を暴発させて稲妻を魔女たち自身に落としてやろうというつもりだろう。





やれやれ。


そろそろあのふたりを助けてやらねばなるまい。ここが──僕の出番だ。




僕──元二等指揮官(いや、上等兵だったかな)ジョウ・ジスガルドは、

会議室の扉を勢いよく開いた。

激しい音に会議室の皆が驚き、振り返る。

僕は重い気分を振り払うように、思い切り快活に笑う。




「鬼軍曹殿、悪いがその二人を離して頂きたい!

彼女らは僕の大切な義姉(あね)なのでね」




「じょ──」「──ジョウ!!あんた、死んだ筈じゃ…!?」


「ふん、その話はこれから聞かせてやる。貴様らもさっさと席に着くがいい」


ばぁっ、とマントを(ひるがえ)し、

場の空気をまったく無視する形でわざわざ揉めてる連中の(かたわ)らを通り、

自分の席へ勢いよく座ったかと思うと即座に偉そうに腕組みをする僕だった。



「さぁ鬼軍曹殿、貴方と僕の今後を決める運命の会議を始めるとしましょう!

――開会の言葉を!」



それをぽかんと見ていた鬼軍曹殿は、

しばし黙った後ようやく魔女を解放すると、

にやりと笑って自分の椅子に──


僕の真向かいの席に優雅に腰を下ろした。




「──どうやら面子は揃ったようッスね」






長い回想が終わり、やっと物語が冒頭に繋がる。



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その──2階。図書庫への扉に埋もれるようにして存在する《会議室》。

扉を開く。

からっぽの騎士鎧が並ぶ物々しい部屋。霊廟にも似た冷たい空気。

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(受け継げ!領主の赤き鎧・その2より)


という文章の、『扉を開く』と簡素に描写された前後にこの(シークエンス)が挟まるものと思って頂きたい。



そして次の(ページ)からは、

半ばを過ぎたこの物語の一番の重要シーン、

軍法会議のはじまりはじまり、である!

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